第98話 山登りの準備

さてさて、修学旅行だが。


カーレンハイト辺境伯領に到着して、そこのボスたる辺境伯と談笑した。


あの嫌味の言い合いが談笑に見えたかどうか、と言う点については議論の余地があるが……、別に考える必要があるほどのことではない。


他の貴族に嫌われているのは今に始まったことじゃないしな。直接絡んでこないだけまだマシでは?


で、だ。


生徒達は、元最前線であるカーレンハイト辺境伯領で歴戦の勇士達から実戦についての話を聞き、最新の戦訓、知見を得ているようだ。


そんなもの、俺の新式魔法が出回っている今、すぐに何の役にも立たなくなるとは思うのだが。


騎士団並べて「突撃ー!」なんてもう終わり。これからは塹壕戦じゃないか?


……いや、範囲攻撃魔法はもう一般化させておいたしな。


塹壕なんかに篭っていたら、火の魔法でベトコンみたいになるか。


んん?しかし、防御魔法もあることだし、範囲攻撃も防げるか?


となると浸透作戦?電撃戦?肉体強化の魔法を纏って敵陣に突っ込み、司令官を殺すとか?


よく分からんが……、これからは独自の戦術が生まれて行くんじゃあないだろうか?


……まあ、とにかく、口出しはしないでおいた。別に良いかな、って。


クラスメイトの中には俺の手下になった奴も多いが、だからと言って一から十まで教えるのは、かえって成長の機会を奪いそうだし。


そっち側で、新式魔法を使った新しい戦術を考えてほしいところだ。


……で、しばらくこうやって、前線の話を聞いたら、砦を間借りして砦での戦闘の演習をするとのこと。


この国は、魔導師の数と教育に長けているのが強みだからな。


実は、他の国には「学園」のようなバカみたいな組織はないらしい。


プロキシアも、魔導具や工業製品を開発する研究所や職人ギルドしかなく、ここからすぐ北のアドンも、国営の魔導具研究所しかないんだとか?


この国の「学園」は、平民でも魔導師ならば入学できて、兵隊になれる訓練をしてもらえると、ある意味では本当に開明的だった。


その上で、「騎士科」などと言って、非魔法使い貴族や戦士階級も近くで育成し、若いうちからそいつらとの協調も学ばせようって言うんだから、かなり先進的な考えでもある。ハイローミックスってことだろ、それは?


「あ、あのっ、エグザスさんっ!クルジェス先生が呼んでます!」


お、手下。


そう、こんな風な、平民上がりの魔導師君も居るって話だったな。


平民上がりの魔導師君……。小綺麗で、ちょいと小太り。甘やかされて育っていそうな、福々しい顔つきだ。


こりゃ、商人か何かの子かな?


こういうのは、最初の一年は、魔導師として認められて学園に入学できたことを誇り、調子に乗るのだが……、それを実習でバキバキに折られて、こんな風な殊勝な態度が出来上がる。


そして今は、後ろ盾がないこんな風な平民上がり共は、第二王子の派閥(ということになっている)、アウロラ団に入団するのだ。


即ち、俺の手下である。


もちろんこんなガキ、いくらでも代わりがいるため、使い捨てても惜しくはないのだが……。


一応、従う者には寛容ですよ、と。そういうポーズを見せる必要が、上位者にはある。


気持ち悪いラノベ主人公のような、仲間にはゲロ甘の癖に、敵はガンガン殺すみたいな身内贔屓クズは、ある意味では正解な訳だな。


まあそんなクズでは、長じても山賊の長が限界だろうが……。


本当の上位者は、信賞必罰を厳とするんだよ。


幹部だろうと末端だろうと、組織の規定に逆らう者は容赦なく罰する。身内への厳しさこそ、大きな組織を管理維持するコツなのだ。……特に、こんな風なナーロッパではな。


「『クルジェス先生がお呼びです』だろう?末端とは言え、言葉遣いすらまともではないようでは、組織の長である俺が舐められるんだよ。分かるな?」


「ひっ……!も、申し訳ありませんでした!」


「よろしい。では、案内してもらえるか?」


「は、はいっ!直ちに!」


「……まあ、フォーマルな場でしっかりとできているならば構わない。ただ、切り替えをうまくやる自信がないなら、最初からフォーマル寄りに口調や態度を合わせておいた方が楽だぞ?」


「は、はい……」


……とは言え、幹部に選んだ奴らは、ちゃんと育ててるからそうそうミスとかしないんだよな……。


なので、下の連中の教育を……、とは思うのだが、末端レベルの教育は俺の仕事じゃないし……。


プロジェクトチームではなく、企業全体を動かす経験は俺にもない。俺もまた、練習と訓練をしているのだ……。




カーレンハイト辺境伯から借りた宿舎の居間。


有事の際には、徴兵され集められた兵隊が寝泊まりしていたらしい、辺境伯城の離れにある建物。


ここで生徒達は寝泊まりすることになっている。


貴族を迎えられる質の建物ではないが、軍人ともなれば低品質な宿どころか野宿もあり得る。それに慣れさせる意味もあるだろう。


ボロい建物、閉所での寝泊まりは、開けた土地での野営とはまた違った警戒が必要だそうだからな。フランちゃんが言ってた。


で……、その居間の、暖炉の前の椅子に座る、クルジェスのジジイ。


「どうした、ジジイ」


「クルジェス先生と呼ばんか」


そう言って、大きなため息をついてから、ジジイは語り出す……。


「……明日から戦闘訓練を行う」


「へえ」


「北部、『ヴェジェ山』の浅層にて、モンスターの間引きをするのだ」


ああ、はい。


よく考えたら、元とは言え戦争の前線に生徒を連れて演習?とは思っていたんだが、場所が違うらしくてな。


北部の山はダンジョン化していて、とてもじゃないが越えられないらしい。


アドン魔導国は、このヴェジェ山を迂回して侵攻してきた、と。


だから、最前線はここなのだが、山で遊ぶ分には火種にならんという判断みたいだ。


「で?だから?」


「お主には、もう単位をくれてやる。代わりに、一つ頼まれてはくれんか?」


「嫌だけど」


「もちろん、お主にも利益……はないかもしれんが、とにかく、悪くない提案ではある」


「ふむ?」


と言うと……?




「このヴェジェ山に、見慣れぬ『何か』が潜んでいるらしい……」

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