第97話 カーレンハイト辺境伯領到着

「おお、クルジェスか?久しぶりじゃの〜」


「久しいな、戦友よ」


カーレンハイト辺境伯。


白髭をサンタクロースのように伸ばし、杖をついたジジイ。細身で優しげな顔つき。


外ヅラのみ好々爺っぽい雰囲気をした、ガチガチの貴族だ。


戦狂いと謳われたクルジェスのジジイとは旧知の仲らしく、二、三言葉を交わしていた。


そして、カーレンハイト辺境伯は、俺の方を見てくる。


「お?エグザスの坊やも来ておったのか?」


「修学旅行だ」


「ふぉっふぉっふぉっ、よく分からんが碌でもないことは分かるの〜」


普通に辛辣である。


が、まあ、別に良いや。事実だしな。


言われても傷つかない事実だ。


公の場で侮辱されたとかでもない限り、冗談として流せる範囲内だな。


「文句があるなら帰るが?」


「ふぉっふぉっふぉっ……。歓待の準備しとるから、出席だけでもせんか?ほれ、なんじゃったか……、ガードナー家の小娘もおるよ?」


「マーガレット先生?別に恩とかないし……。あのくらいの女なんていくらでも手に入るしな」


「酷いこと言うの〜。一応あの子も、腕が立つ魔導師の、しかも若い女じゃよ?」


「じゃあ最初から若くて美しい女をスカウトして、後から魔導師にすれば良くないか?」


「まーた無茶苦茶言うとるわい。まあ、食事でもどうじゃ?」


「無理無理、衛生的に無理」


「うーん、クソ失礼じゃの〜。貴族の歓待を汚いから断るとか、普通に斬首案件じゃぞ〜?」


「できるもんならやってみろよ」


「んー、いつも通りの狂人じゃの〜。まあ、お主と関わるとこちらも儲かるから文句はないがの」


強いって正義じゃし……と、元も子もないセリフと共に、ガキ共を屋敷に案内するカーレンハイト辺境伯。


個人的な好き嫌いと、貴族としての誇りとメンツと、取引によるメリットとデメリット。このジジイには全部別々に切り離して考えられるのだろう。


この世界の貴族とは思えないくらいに理性的で気持ち悪いな!


毎回言っているが、この世界は中世前期から中期くらいの文化レベルで、このくらいの時期の貴族となると「舐められたら殺す!」のライブ感で生きている。いや、地位を守るためにそうする義務もあるんだが。


そんな鎌倉武士メンタルの貴族が当たり前の世界で、このジジイは殺す前に立ち止まって、頭の中で算盤を弾いて安全確認してから殺すのだから、そりゃ優秀でしょ。


と言うか、政治力がある。


俺を取り込もうとして、無理だなと悟ると友好関係の構築に尽力。言葉にすると簡単だが、このレベルの高位貴族の、しかも年寄りがこのムーブできるのはめちゃくちゃ強い。


更にこのジジイがヤバいのは……。


「これ、うちの曾孫じゃ。ハインリヒ、挨拶せい?うちの一番の取引先じゃぞ〜」


「はい、当主様。エグザス様、こんにちは。私は、カーレンハイト辺境伯家次期当主のハインリヒと申します」


……後継者、ちゃんと用意してるんだよなあ。


いやマジで、カール大帝もアレクサンダー大王も後継者作りに失敗してるんだぞ?


権力基盤を受け継ぐ器をちゃんと作って教育済みの貴族、怖いよ本当に。




一般生徒達は、カーレンハイト辺境伯家の、歴戦の勇士達からありがたいお話を聞いている。


その間俺は、応接室でカーレンハイト辺境伯と情報交換をしていた……。


「で?向こうの国……、『アドン魔導国』は?」


「んもー、停戦なんて嘘っぱち!ありゃ、隙あらば攻めてくるぞい」


「まあ、そうだろうな。現状は?」


「直接的な被害は出とらんよ、そりゃ。奴らも馬鹿ではない、暗殺だのをしでかしたら戦争再開だと、それは分かっとる」


「直接的でない被害がある、と」


「そうじゃの〜。ま、主に間諜……こんなんどこでもやっとるから、文句は言えんのじゃけども……、その量と質は見習いたいほどじゃわい」


「へえ?」


「アドンの間者共は、捕まえると、奥歯に仕込んだ毒を飲んで死ぬんじゃよ。相当訓練されとるのう」


ははあ、そう言う感じのアレか。


俺も持ってるよ、お人形さん。


俺の椅子代わりに四つん這いになっている犬(24歳メス)を撫でる。


「あへあ〜、わんわんわ〜ん」


「黙ってろ」


「はい」


こういう感じの道具人間を、アドン魔導国はたくさん用意しているらしい。


「このレベルの木偶人形を作るには、相当拷問をせにゃならんよ?」


どうやら、道具人間は、このカーレンハイト辺境伯もちゃんと持っているらしい。


貴族なんてどこもそんなもんだな。


「俺のこの犬は、一時間くらい虐めたらこうなったが」


「うん、お主みたいなキチガイは勘定に入ってないって分かるな?」


はい。


「……まあ多分、こう、心を壊すような魔道具があるんじゃろうな」


ああ、確か、アドン魔導国は魔法技術に優れているんだとか?


資源に乏しい北国だから、技術力を高めるしかなかったということらしい。


「或いは、『洗脳』の魔道具とか、か?」


「じゃが、大々的に使ってこないと言うことは、何かしらの問題やら制限やらがあるんじゃろうて。……逆に言えば、整えば使えるってことじゃけども」


「洗脳の魔道具は、俺もまだ作ってないな……。人形が必要なら、挽肉をこね回してホムンクルスにすれば良い訳だし」


「ああ、あの肉人形かの?羨ましいのう、アレ」


「欲しいなら売るが?」


「ええ〜?いざとなれば絶対裏切ってくるじゃろ〜?獅子身中の虫ってやつじゃろ〜?儂なら絶対そうするもん」


「そうか?意外と、買ってくれるバカは多いんだぞ?」


「んも〜、まーた騙くらかしておる!本気でこの国を征服するつもりないのかのぅ?」


「その内、傀儡政権にはするかなーとは思っているが……、まあ学園を卒業するまでは部下の育成にリソースを割くよ」


「ほーん。じゃあ、うちのハインリヒを少し鍛えてやってはくれんかの?」


「報酬は?」


「次期当主のハインリヒの師になれるぞい」


ふむ……。


次期辺境伯の師匠になり、恩を売り、この地方への大きな影響力を持てる、か。


ご覧の通り絶対王政ではないこの国では、辺境伯は一つの独立した国にも等しい。


新しい国家元首に、子供のうちから色々吹き込めるのは確かにアドだな。


「壊しても良いか?」


「代わりはいくらでもおるから最悪はそれでも構わんが……、失敗したらお主のミス扱いするぞい?」


なるほど。


教育失敗、或いは、俺に都合がいい駒に教育し過ぎてしまってもいけないのか。


貴族らしく、「出来の悪い子が病死しました」かね。


「了解した。こっちとしても、話が通じる奴が多くいた方が助かるってのはある。殺してもいいが、それじゃ後には続かないからな」


「じゃろうなあ。儂も若い頃はバンバン殺しとったんだけど、歳を取るにつれ、殺すより上手い具合に脅して味方にする方が良いことに気づいたわい」


「そうそう、下の奴を脅して味方にすると、そいつがこちらの味方ですよとアピールする為に、その辺の雑魚敵の首を持ってきてくれたりするもんな。アレは楽だよマジで」


「あ、分かるの〜。盗賊退治とかやってられんもん、雑魚に雑魚を潰させるのが一番楽じゃわい」


こうして、しばらく俺はジジイと談笑していた……。

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