第81話 フランちゃんの帰郷 前編

『もしもしフランちゃん?そっちはどう?』


「ひっ!ちゃ、ちゃんと勉強はしてるわよ?!サボってないわよ?!」


『いや、実家に帰っている時くらいはゆっくりして良いぞ。できるビジネスマンは休暇は頭を切り替えてしっかり休むもんだ』


「えっ本当?!じゃ、じゃあ休むけど……、本当に?本当に怒らない?」


『怒らん怒らん。ご家族と穏やかに過ごしな……』


「や、やったあ!」


『……この国が終われば、ご家族も生き残るかどうか分からんのだからな。会えるうちに会っておけよ』


「ヤダーーーッ!!!」




フ、フランシス・クラインよ……。


栄えある武門、クライン侯爵家の魔導師貴族。


クライン侯爵家は、ビルトリア王国の前身である「神聖コンプール帝国」の頃から存在している大家で、元々は大陸中北部のクラウン族が起源なの。


クラウン族は、陽の光の強い場所で暮らしていたからか、肌の色が濃くて赤毛の人種ね。


そのクラウン族が、時の皇帝に服従して、クラウン族の王が貴族に任命されて、クライン侯爵家になったのよ。


それくらい古くて、勇猛さを讃えられている名家なの。


そして私、フランシス自身も、幼い頃から軍学や政治を学んで、魔導師としての訓練も積んでいる天才なのよ!


……なんだけど、ここ最近、私、酷い目にしか遭ってなくない????


おかしいわよねこれ?おかしい!おかしい!!!


で、でも、文句を言おうものなら……!


———『おっ!フランちゃんったら、虐めてほしいのか?直接言わずに誘い受けだなんていじらしいなあ!お望み通り、一晩中虐めてやるよ!』


「……ひ、ひぃっ!!!」


かっ、考えただけでも恐ろしいわ!


死ぬ!本当に殺される!


そうでなくとも、なんか酷いことをされるっ!


じゃあ逆らえって?無理!あいつは、悔しいけど本当に天才で、強くて怖いんだもの!


あいつにできないことなんて、私が見る限りでは何もなかったし、専門外と言っていた軍略だって、担当教師のクルジェス先生も舌を巻くような悪辣な戦術を繰り出していたわ。


貴族の男が厨房に立つなんておかしいけれど、美味しくて彩りの豊かな食事も作れるし……。


魔法の補助があるといえども、築城や建築もできて、商売もできる……。


剣だってある程度嗜むし、組み打ちもできる。


そして何より、あの魔法!


全てにおいて、神の御業としか思えない技術!


その一端を学べるだけで、私という貴族の娘を売りに出す価値があるほどの知識をくれる……。


本当に、凄いことなのよ。彼の技術は……。


今までの魔法と違って、もっと論理的で、利便性が高くて……。


上手く言えないけれど、ある種の完成形なのよ。


もっとも、魔導師を抱えながらも戦場には殆ど出さない中央の貴族には分からないでしょうけどね。


私の家、クライン家は、北方の対アドン魔導国戦線や、東部の対ドメイニア、対バイナル戦線にも、王家からの命を受けて何度も出兵し戦っているわ。


王家や他の貴族家は、強くはあってもあまり前に出て戦う訳ではないし、何より、泥臭い歩兵指揮や殿なんかはやりたがらない。


だけどその分、戦争に関する技術や戦訓の多さでは、うちに敵う家はカーレンハイト辺境伯家くらいじゃないかしら?


戦いを押し付けられているように見えるけれど、色々と要因はあるわ。


王家や上級貴族の秘伝の魔法は、圧倒的な破壊力と攻撃範囲があり、表立って争うのは難しいこと。争ったとして、得られるものがある訳でもないしね。


クライン家はいつも率先して血を流すから、この国でも有数の発言力があること。例えば、戦線から我が領地の兵を戻すと脅せば、どこも絶対に譲歩するわ。まあ、それをやったらこちらも信用にヒビが入るから滅多にできるもんじゃないけど……。


そもそもクライン家は、古来から武門、戦いの上手さで名を馳せていたのだから、戦うことは義務なのよ。先祖から続く武門の名を、誉れを、私達の世代で潰すことは許されないわ。


とにかく、戦争で前線に立つことの多いクライン家の視点からすると、彼の魔法は本当に革新的だったの。


元々、クライン家の発明として、土属性の魔法で土を動かして穴を掘り、そこに身を隠して弓や魔法で攻撃するという戦術……「塹壕」というものがあるのよね。


鋼鉄の棘を生やした土壁で、騎兵の突撃を防ぎつつ、こちらは弓や魔法で一方的に攻撃するのは、クライン家の必勝の戦法よ。


だからクライン家は、他の貴族家のような華々しい突撃だけでなく、様々な戦法や技術を受け入れる下地があったの。


そこに、彼の知識と魔法が上手くハマったのよね。


例えば「声届け」の魔法は伝令要らずで遠方の報告が得られて、今では欠かせない技術になっているし……。


「閃光」なんかは、咄嗟の目潰しとして有用。


「製塩」や「汚物払い」のような細々とした技術は、それこそ、地獄のような前線にこそ必要なものだったわ。


他にも、彼の「弾道学」というものを組み合わせた遠距離攻撃の精度は何倍にも上がったし、「医学」というものは死傷率を大きく下げた……。


確かに、あいつは外道よ、悪党よ?


でも誰よりも強いし、賢いし……、『怖い』わ。


あらゆる力が及ばない、不可侵で、得体の知れない、底のない闇。深淵。


あんなに怖い存在、今までも……、そしてこれからも、見ることはないでしょうね。


だから、私はあいつが好きだし、従うの。


何度も言うけど、私は武門の女。


底が知れないくらいに強い男に、靡かない訳がないわ。


そう思うと、本当にエグザスは優良株なのよね。


なんだかんだ言って、私も家族も殺されていないし。


私が実家に技術を流すのも、結果の報告をすれば許されたし……。


私の身の回りの世話も手配してくれているし、秘伝だって教えてくれている。


上位者の鷹揚さと苛烈さを兼ね備える、良い『貴族』よ、彼は。


支配者の『怖さ』と『寛容さ』、両方を持った、仕え甲斐のある人……。


王家に仕える実家には悪いけれど、私はもう、彼に仕え、服従する喜びを知ってしまったから……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る