第82話 フランちゃんの帰郷 後編

「では、参りましょう、お嬢様」


私の従者、キャロルが言った。


幼い時から私に仕える直属の従者、キャロル。


彼女は、クライン家家臣の娘で、私が物心つく前から私に仕えているの。


三歳になった頃に、父上から贈って貰えたのがこの子だったのよね。


私がエグザスに服従した今もこうして、ずっと仕えてくれている、私だけの従者なのよ。


……最近は私が「衛生観念」に目覚めてしまったから、この子にも毎日の入浴と手洗いや歯磨きを強制してるわ。


お風呂に入らないと、女の子でも臭いのよね……。


今は、臭くないしもべはこの子だけだから、私はこの子をよく可愛がってあげているの。


キャロルは家臣の娘とはいえ、魔導師どころか魔法使いですらない、血に価値がない子だけれども、私は重用してあげてるわ。


エグザスも、平民の孤児なんかをよく育ててるなーって思ったけれど、よく考えると、この子みたいに、魔力なしの平民でも良く働く使える子は多いものね。


魔力を与えられるのならば、平民の内、良く働く者を使うのが賢いやり方と言われれば、そうなのかも……?


「キャロル、最近はどう?あいつに……、エグザスに酷いこととかこっそりされてたりしない?」


「いいえ、されていません。ですが……」


「何?」


「お嬢様は、何故あのような者に仕えるのですか?強いのは分かりますが……」


「あら、嫌なのかしら?」


「い、いえ。ただ、お嬢様はいつも、あのお方の奇行や残虐行為に苦言を呈していらっしゃいますので、その……、心配になってしまいまして」


あー……。


まあ、うん。


それはそう、ね。


「確かにそうね。でも、私はあいつの、その『怖い』ところが好きなのよ」


「……え?ええと?」


「強いだけの男が好きならば、オーガでもワーウルフでもなんでも良いでしょう?でもね、支配者たる者は、強いだけじゃなくて怖くなきゃならないのよ」


「も、申し訳ありません。その、意味が……」


まあ、この子も所詮は魔力なしだものね。


分からない、か。


「良い、キャロル?下々から恐れられるのは、君主として当然のことであり、君主の身を守ることにも繋がるの」


「は、はあ」


「プロキシアを見たでしょう?ただ優しく甘やかすだけでは、平民なんて、酒を飲んで女遊びをするだけの、何の生産性もない塵になるのよ。私達、貴族や君主は、そんな平民達から恐れられて、働かせなきゃならないのよ」


「なるほど……?」


「まあ、羊飼いと一緒ね。平民という羊は、優秀な牧羊犬が吠えて、操ってやらなければならないってこと」


「そうなのですか。では、あのお方は……?」


「その点、エグザスは凄いわ。あれだけの力、あれだけの残酷さ!逆らう者はいないでしょうね。私もごめんだわ、逆らえば一族郎党が地獄に落ちるより酷い思いをすると確信できるもの……。あれだけ怖い君主の下にいるならば、私達はその分安全なのよ」


「は、はあ……」


「それだけじゃなく、大きな力や富は、相手に恐怖だけでなく、敬意を抱かせる要因にもなるわ。いや……、恐怖と敬意は、案外同質のものなのかもしれないわね」


「そう、なんですね?」


「ふふっ、貴女には帝王学は理解できないでしょう?君主としての振る舞い方は、平民の生き方とは違うものね。でも、安心して良いのよ?エグザスは優秀な君主であると同時に、私に優しい夫なんだから。貴女は、これからも何も考えず、私に従っていれば良いのよ?大切にしてあげるから……」




で、そうこうしているうちに、クライン領に到着。


道中は、エグザスから借りた自動鉄馬車と、世話役のホムンクルス、そして冷蔵庫と携帯シャワーのおかげで、快適に過ごせたわ。


そして城では……。


「お父様、ただいま戻りましたわ」


「おお、フラン。帰ったか」


まず、最初に父上に挨拶する。


父上が当主だものね、最も立場が高い相手に最初に挨拶をするのは、外交だとしても当然だわ。


「お兄様も、ただいま」


「ああ、おかえり」


次に、次期当主の兄様。


その後は、家族に順に挨拶をする感じかしら?


エグザスは礼法をあまり気にしないから……と言うより、気に食わない奴は即殺すから、他人の態度や階級に気を遣わないんだけど、私はやっぱり気になるわ。


だから、これからも貴族らしく振る舞うわね。


例えエグザスが、王を弑逆したとしても……、最後の最後まで、私は私の礼儀と流儀を貫くわ。


……偉そうに言っても、止めようとまでは思わないんだけどね。あくまでも、私の家が一番重要だし。




実家では、「衛生観念」から食事ができないために、最近習った食品への「浄化魔法」を使って、何とか食べる。


プロキシアでの歓待料理みたいに、目の前で獲りたての魚を丸焼きに!とかだったら、まあ綺麗汚いとか抜きにして食べれるから良いんだけどね。


実家で供されるような手の込んだ料理は、調理の最中にどんなものが混入してるか分からないし……。


だからできるだけ、食事は自室で、エグザスから貰った「生成機(レプリケーター)」で作ったものを食べていたわ。


家族と集まって食事をする機会以外は、そうしたわね。


そして、帰郷してやること。


心身を休めることもそうなんだけど、お父様から課された軍学の課題や、訓練をサボっていないか?とか、そう言ったものの確認もされるわ。


私は女だし、上の兄妹達が多いから、最低限にうちの家名を名乗れる程度の技能があれば怒られないわね。


でもその分、お家の後継のお兄様とかは、幼い頃からビシバシ訓練なさっていて大変だったみたい。頭が下がる思いだわ。


「……なるほど。あの小僧、エグザスと言ったか?やはり、只者ではないか」


「はい……。無礼を承知で申し上げますが、クライン家の総力を挙げてでも一蹴されるかと……」


「ふうむ……、やはり、お前の判断は正しかったな。我が娘ながら、人を見る才があるようで結構な話だ」


「ありがたきお言葉にございます。……しかし、彼は才のみが魅力ではありません」


「ほう?」


「異性としても、君主としても魅力的な方でございますわ」


「むぐ……、前に婚約を反対したことを、まだ根に持っておるのか?今はもう反対などせん!それどころか、積極的に縁を結べと言っておるではないか!」


「娘はやらん!だとか仰られていたようですが?」


「分かった、分かった!儂が悪かった!だからその余所余所しい態度をやめんか!」




「……で?他に報告はあるか?」


「あるわ。これ、見てもらえる、お父様?」


お父様とちょっぴり喧嘩をして、その後は和解。


そして、私はお父様に、飛び切りの提案をしたわ。


「こ、これは……!アイアンゴーレム、か?」


「いえ、違うわ!これはね……、『ロボット』って言うのよ!」


そう!


頑張って勉強して、殆どのプログラムをエグザスに作ってもらって、必死に調整した……!


『戦闘ロボット』よ!


「これはね!アイアンゴーレムと同じような理論で動くけれど、アイアンゴーレムよりも身軽で滑らかに動いて、武器や簡単な魔法を使う、凄い兵器なの!このロボットを導入した暁には、クライン家はあと百年戦えるわっ!!!」


「そ、そうか……」


「とりあえず、初期ロットを五百体作ったから、うちで抱える戦線に出してみて!」


そう言って私は、練兵場に整列する戦闘ロボットに指示を出す。


「ほう……!これは、お前が作ったのか?」


「んー……、基礎的な部分は全部エグザスに作ってもらったわ。でも、一応、設計したのは私よ?」


「……鋼の兵団、か。ここまでのものをタダでもらえるほど、お前は愛されているのだな」


……どうなんだろう。


「……それは違うわ、お父様。アイツ……、エグザスにとって、この程度のものは、『脅威にならない』のよ。だから、簡単にくれたんだと思う」


「なんとも、まあ……。気が遠くなるほどの戦力差だな」


「で、でもね!私、きっと、愛されてはいるんだと思う!なんだかんだ言って大切にしてくれてるし、怒鳴られたり殴られたりもしてないのよ?アイツは狂ってるけど……、良い夫であろうとはしてくれてるわ!」


「……そうか。子供の成長は、早いものだな。愛を理解するほどになったか」


そう言って、お父様は、久しぶりに私の頭を撫でてくださったわ。


なんだか、懐かしい感覚がしたわ……。




こうして、お父様に今までのことを報告しつつ、兄弟姉妹とも話をして、休暇中は静かに過ごしたわ。


ツッコミを入れなくて良い日々って、こんなに静かだったのね……!






×××××××××××××××


ビルトリア王国偉人伝 抜粋


フランシス・クライン


ビルトリア王国で名高い武門「クライン家」の末の娘で、魔神エグザスの左腕とも呼ばれた女魔導師。

クライン家に伝わる築城術と、独自の工学的手法を組み合わせた「機械魔法」は、後の産業革命の基幹的思想となった。

戦闘魔導師としても非常に優秀で、「動く城」や「鉄の城」などと当時は呼ばれたが、現在ではそれは「ロボット兵器」と定義されるもの。当時の人々からすれば、無機質に動くロボット兵器の集団は、恐怖そのものだったのだろう。

本人は武人としての誉れを解する人物だったのだが、このロボット兵器により、戦場から誉れを引き剥がした存在として語られるのは皮肉な話である……。

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