第85話 アランの休暇生活
アラン。
ただのアランだ。
スラムで生まれ育つと、家……それを表す家名などという贅沢なものは持てない。
この僕のアランの名前だって、実に安直で。
古い文字の最初が「A(アー)」と読むので、孤児のリーダーのAの方でアランなのだから。
因みに、ベティは「B(ベー)」の方なのでベティだ。
そんな、名前すらまともなものを持っていない僕達に、ある日突然、光が降り注いだ。
その光の名は、エグザス様と言った。
僕は、エグザス様の美しいかんばせを初めて目にした時から、あのお方に夢中になってしまった……。
あのお方に好かれるように、容姿も整え、勉学に励み、身も心も全て捻じ曲げて、捧げたんだ。
僕は男性だし、性的な欲求というものは分からない。まだ、そんな歳じゃなかった。
エグザス様から習ったのだけど、まだ、僕はその当時、精通を迎えていなかったんだろう。
けれど、僕は。
ああ……、捻じ曲がってしまった。
だって、初めてだったのだから。
この、汚れた、閉じた、腐った世界で。
あんなにも美しくて、綺麗で、格好の良い人がいるだなんて!
僕は、性別なんてものが些細なものだと思えるくらいに、エグザス様に惚れ込んだ。
それどころか、今思えば……、エグザス様に拾われて、認められたあの時。
魔力の覚醒をしてくださった、あの時に。
……僕は、精通していた。後ほど下半身を確認して、身体の変化に戸惑ったのを覚えている。
そう。
エグザス様を思って、射精してしまっていたんだ。
もう、女性だとか……、いや、そもそも他人だとか。
そんなものでは、興奮を覚えなくなってしまっていた。
自分がおかしいのはよく分かる。この国の宗教というものでは、悍ましいと定義される欲求である、とも。分かっていた、全て。
でも……、ダメだ。
あのお方の魅力に触れてしまえば、もうダメだ!
自分で慰めても、これっぽっちも気持ちよくなれない!
あのお方に褒められて、優しく頭を撫でてもらって!抱いてもらわなくては、僕はもう快楽を感じられない!!!
エグザス様も、悪くはないんだけど、その、酷い。酷いお方なのだ。
こんな僕を、悍ましい僕を、優しく受け入れてくれるだなんて!
顔が良ければいい、だなんて言って!
もう、僕は、僕は……!
「……アラン?また、エグザス様のことを考えて脳イキしてるの?やめなよ、変態みたいだよ?」
「……うるさいな、ベティ。エグザス様は、そんな変態な僕を可愛いと褒めてくださっているんだ、問題ないだろう?」
……はぁ。
今、僕は、エグザス様が浄化してくださったスラムの跡地……、僕達の街で、休息していた。
エグザス様の休暇に合わせて、僕達も休暇になったのだ。
休める時に休むこともまた仕事なのだと諭されては、僕も頷く他ないからね。
と言っても、何度も言うけれど、スラム育ち。
何もない、名前すらもまともなものを持っていなかった僕達に、趣味だなんて高尚な持ち物はなかった。
だからやることと言えば、趣味ということにして魔法の研鑽に励むか、下の子供達の面倒を見てやるかくらいのもの。
……あまり、このように仕事ばかりをしていては、エグザス様につまらない人間だと思われないだろうか?
少し何か考えよう……。
そして僕は、色々と試行錯誤しているうちに、あることに気がついた。
「よしよし、良い子だね。この芸はできるかな?」
「ワンッ!」
僕は、「生き物を育てる」のが好きなんだ。
グレイスさんのように、高度な教育や思想論ではなく。
ただ、生きることができない何かに、手を差し伸べたい……。
相手は、犬や猫のような獣でも良い。いや、その方が都合がいい。
そう、僕は……。
「ふふふ……、僕が君達の、『お母さん』だよ……♡」
「ワンワン!」「ニャー」「ピィ」「グルル……」
母親に、なりたいんだ。
ああ、これまた。
悍ましい話だ。
男の身で、母親に。
エグザス様に頼めば、子供の一つや二つ、適当に作ってくれそうではある。いや本当に、何かしらの理解できない謎の魔法で、子供を作って持ってきてくれそうではあるけれどそうではなく。
僕は、男の身で母親となり、無償の愛を立場が低い者に与えて、親として愛されたいのだ。
精神的な親……。
きっとそれは、「神様」というものだろう。
神様は、気分がいいはずだ。
弱く、愚かで、小さな人の子が、足りない頭で必死に自分を崇め奉るのだから。
少ない財産を捧げて必死に祈り頭を下げて、涙を流して有り難がるのだから。
僕もそうなりたい。
愛されるには、愛を受け取り、返してくれる純朴な存在が必要なんだ。
僕にとっては、それが、人と同じ知能を持たない獣であれば都合が良いという話。
だから、作った。
エグザス様に協力していただき、僕の好ましい「獣」を……。
「さあ、可愛い僕の子供達……、訓練を始めようか?」
「ウギぃ!」「ギャおおお!!!」「ゲゲきゃガガアアー!!!」
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ビルトリア王国偉人伝 抜粋
アラン・タロン
孤児の犬獣人から成り上がった英傑。タロンの姓は便宜上名乗っているだけで、本来は姓を持たない。
アウロラ団幹部としての名声よりも、魔法生物史の権威として有名であり、彼の制作した混成魔獣(キメラ)とその理論は、現代でも各種産業で活用されている。
アウロラ団では、魔神エグザスに側仕えする男娼であり、人員の管理を行う管理者であったという。
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