第84話 グレイスの実家破壊

『どうだ、そっちは?』


「はい!大丈夫です!」


『……どう大丈夫なんだ?お前は表面上は笑ったまま無茶をするタイプだからな、信用ならん』


「でも、本当に大丈夫なんですよ?」


『……あー、グレイス。家族はどうなった?』


「縁切ってきました!」


『……うん、あー、そうか。帰ってきて良いぞ』




グレイス・アークライト。


いえ、今はもう、ただのグレイスですね。


私の生まれた家は教会と深い関係にありました。


けれどそれは、エグザス様に教わった今では「癒着」というもので、「公平な資本主義的競争」を阻害する……、本当の「悪」だと教わりました。


ああ、ああ……。


私は、愚かです。


何も知りませんでした。


恐らくは今だって、まだ全然。


教会に閉じ込められて、修行だなんだと無意味な日々。


「現実」なんて、何も知らないまま、培養されて。


政治の都合で作り出された「聖女」……。


誇り高き、全てを救う、神の意志の代行者で……!


「……アハハハハハハはははは!!!!アーーーハハハハハハハ!!!!!バカじゃないの?!!!聖女?!神なんてこの世にいやしないのよ!!!!!」


「グ、グレイス……?!」


笑っちゃいます、本当に。


ずっとずっと、騙されてたんですから。


お父様、お母様、教会の司教様方。


みんなみんな、あなた方に習ったことは。


全部全部……、本当に無意味で!空虚で空っぽの!あなた方の権威を高めて、万民の自由を制限し、閉じた世界でお互いの首を絞め合う……、無様でみっともない主義主張ばかり!


「あなた方は言いました!『祈れば神が救ってくださる』と!けれど、だけど、それで誰が救われたの?私は見た、見せられた!エグザス様に!」


ある時はスラムへ、ある時は貧農や農奴のいる農村へ、またある時は森に潜む盗賊の元へ。


極限まで空腹になった人が、人の血肉を啜っていた。


若いどころか、幼い子供が売春し、僅かばかりの銅貨を得て暮らしている様。


病人、怪我人が、誰にも手を差し伸べられずに、世界の全てを呪って死んでゆくところ。


子供が犯罪をする、親が子供を育てられないからと捨てる、身内が身内を他人に売り飛ばす、不具の子が家族に虐め殺される、腐敗した警吏は金持ちの罪を賄賂で見逃す、不衛生な環境を統治者が放置している、保守的で頑迷な老人が革新や進歩を否定している、職人達のギルドは互いの足を引っ張るばかりで公平な競争をしない、人民に学がなく倫理や常識の共有ができていない……。


あああああああ、あーあーあーあー。


全部全部全部全部全部が全部全部全部!!!!!!


「間違ってる!!!!!」


「ひいっ?!」


おかしいでしょう?おかしいじゃない?


私は祈った、誰より真剣に祈っていた。


それでも、世界からは、死も飢餓も貧困も戦争も絶望も不正も苦痛も何も何も何もなくならない!!!!


……あの日。


学園で、エグザス様と初めてお会いした日。


私の世界は塗り替えられた。


エグザス様に、世界の絶望を見せられる前から、私はあの人を……。


一目見て、分かったのです。


あの美貌、美しい肢体。


夜闇を黒鉄と溶かし合わせたような、黒色の長髪も。


吸い込まれるような、強い力の籠る瞳も。


全てが、全ての特徴が、あの人を、あのお方を、神秘たる者、神威たる者と、そう物語っておりました……。


彼の話す言葉は自然と耳に入り、心に染み渡り、安らぎと勇気を与えてくださる。


彼のかいなで抱きしめられると、燃え上がるような愛と陶酔を感じられる。


あの人は、神様なのです。


実際に、私に全てを教えてくださいました。


無知なる私の蒙を啓き、世界の真実を、向かうべき道を、全ての解決法を教えてくださいました……!


「それなのに、あなた方は、お前達は、なんだ?なんだ、なんだ?なんで、なんで、あのお方に従わないのだ?!!!」


意味が分からない、訳が分からない。


エグザス様は、いるかどうかも分からない神とは違って、本当に人を救って、人に罰を与えた!


あのお方にとって、それは、自らの豊かさを見せつけるための余興に過ぎないのだと仰られておりましたが……、その余興で!片手間の、遊びで!何人もの人々が救われ、幾つもの不正や欺瞞が正された!


だから私は言ったのです。


「エグザス様に従え!!!!」


と。


エグザス様に従って、持てる力を尽くして、遍く民に「自由」を与え。


「自由」の扱い方を、「人としての権利」の使い方を、広く教えて育み。


「公平な競争」により、人類社会を「進歩」させる!


これこそが、私の思う、人類が幸せになるための道なのです!


私達の手足は、跪き手を組んで神に祈るためのものではなく!


働き、教え、育て、進み、伝えてゆく!そのためのものなのです!


「少なくとも!自分の不正な権益確保の為に、娘も民も騙して利用するのは……、絶対に許せない!!!!許すもんですか!!!!」




こうして私は、実家と、それと癒着する教会を爆破して、愛するエグザス様の元へと戻りました……。


「信仰の自由」は認めますが、「公共利益」に反しているような存在は、あってはなりませんからね!






×××××××××××××××


ビルトリア王国偉人伝 抜粋


グレイス・アークライト


当時の教会と癒着関係にあったアークライト家の一人娘。聖女とも。

アウロラ団での活躍よりも、後に始まる「自由民権運動」の旗印となった「自由の聖女」としてのイメージが強いが、実際は、アウロラ団にて先進的な学問を教える教師であったとの記録がある。

また、アウロラ団の最高幹部である以上に、アウロラ団のストッパー役となり、地盤固めに尽力した組織の屋台骨とされている。先進的過ぎるアウロラ団の思想を一般化し、普及に力を入れた彼女こそが讃えられるべきだとの主張も多いが、本人は常に、一歩引いた身で組織とエグザスを支えた。

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