第77話 豊かさという刃

「ぅうっ……、オボぇロロロ!!!」


儂は、厠で胃の中身を全て吐き出していた。


嘔吐の原因は、凄まじい心労からだ……。


アウロラ社!


何だあれは?!


勝てるはずがない!


どこからともなく大量の高品質な商品を用意して、それを、我が国の半値以下の、とても利益が出ないような額で売り捌く!


そんなことをされれば、我々は何もできん!


売れば売るほど赤字になる商売など、できる訳がないっ!!!


どういうカラクリなのか、全く謎だ!


しかも、搬入中に襲撃をしたり、店員を攫おうにも……、あのアウロラ社の従業員は、全てが魔導師だ!あり得んだろう?!


勝てぬ、何をどうやっても……!!!


既に、儂を含めて、この国の全ての商人が困窮し、商売が成り立たなくなっている……。


儂らは、商人同士で組合(ギルド)を組み、値段の統制をしているのが常だ。


どこかが暴利を貪ったり、逆に、あまりにも安値で売り捌くと、他店が敵対して制裁する。そういう仕組みになっている……。


一つの店が逸って、安売りをして薄利多売を目指そうにも、その製品を作る職人や、原材料を売る商人を、ギルドが抑えて暴走を止められるのだ。


だが、アウロラ社は違う!


奴らは、ありとあらゆるギルドに無加入だ!


その癖、どこからともなく、製品を用意している!


仕入れ先も、職人も分からない以上、どうやっても掣肘ができんのだ!


故に、国是を曲げてまで、「この国で外国の商会が営業する場合は、この国の議員の認可と、役員入りを認めなくてはならない新法」を出した……。


業腹だが、そうしないと我々は最早食っていけんのだ!


それに、アウロラ社がこれを受け入れれば、内部に我々が潜り込み、仕入れ先や職人を特定できるかもしれない。


他にも、経営権を握ることもできるから、そうすればアウロラ社の圧倒的な力を我々が奪えるかもしれない!


我々は、そう期待した。期待していたのだ……。


……そうしたら、奴らはどうしたと思う?!


———『NPO団体アウロラ!再オープンしました!』


奴らは、奴らは!


『タダで商品を配るようになった』のだ!!!


我が社は、「非営利団体」で、「ボランティア目的」だから、金を受け取っていない、つまりは「商会」ではない、と!


狂っているのか?!


確かに、金を受け取らないのであれば、それは教会がやる貧者への施しと同じ。貧者にタダでスープを配る教会が、商会扱いになる訳がない。タダで物を配る喜捨から税を抜くなど、不可能なことだからな。


だが、それは!いや、おかしい!おかしいだろう?!


全て、全てタダだと?!


イかれている、頭がおかしい!


ただ、分かった。


理解はした。


……奴は、アウロラ社の導師エグザスは!


ただただ、我々を苦しめて殺したいだけだ!!!


その為だけに、こんな馬鹿みたいなことをやっているのだ!!!


なんて……、なんて性格が悪いんだ?!!!




そうして、アウロラ社が無料で商品を配り始めると、街にも変化が起き始めた。


人々が、働かなくなったのだ。


男達は朝から酒を飲み、アウロラ社の性風俗店に入り浸り、後は昼寝をするだけ。


女達も同じで、酒を飲んでは男と「お楽しみ」をしたり、アウロラ社の女性向け風俗店(ホストクラブとか言ったか?)に入り浸る。


子供は、親の手伝いも何もせず、アウロラ社のゲーム機で遊び、アウロラ社のフードコートで好きなだけ甘い菓子を楽しむ……。


誰も何もやらない。


船も、輸送船どころか漁船も動かなくなった。


その為に輸出輸入が滞り、我々も商売そのものができなくなりつつある……。


船乗り達に働けと指示しても……。


「はあ?馬鹿かアンタら?アウロラが、食い物も酒も女も全部くれるんだ。何でセコセコ働かなきゃなんねぇんだよ?」


「クビだって?ははははは!結構結構コケコッコーってな!好きにしろよ、俺はこのアウロラと共に生きていくんだ!」


「はっ!今更金なんざで誰が働くかよ!オメエさんらは、アウロラ様が下さる飯や女より良い報酬を出せんのか?!」


この有様だ。


船乗りに限らず、他の市民らも同じことを言う。


……国全体が腐った。


腐らせられたのだ!


儂らの態度が気に食わぬからと、国そのものを腐らせる?


一体、どういう神経をしていればそんなことができる?!思いつく?!


それだけではない!


この状況でも腐らぬような勤勉な者は、アウロラ社が「スカウト」と称して集めていることも分かった!


我々は貴族ではなく商人の国の者。


卑しい身分の者でも、才ある者が紛れていることは分かっているつもりだった。


しかし、それを選り分けて、教育を施し、一人前になるまで育てるなどというのは流石に金が足りない……。


いつかは、そういう在野の才ある者を掬い上げる仕組みも作ろうというのが、我々の大きな目標のひとつだった……!


それを!


アウロラ社は、圧倒的なまでの資本で実現したのだ!


スラム街の少年少女らを、アウロラ社は攫って、本国ビルトリアに送り込み、教育を施していると報告があった……!


そんなことは、そんなことは!アウロラ社は、我が国の理想を体現しているなど……!


許せんっ!!!




もう、もう駄目だ。


儂は、儂は……!


「ゔぅっ?!」


む、胸が、胸が、い、いた、い……。


「マック・クランシー様っ?!」


「だ、誰か医者を!!!」


「いやあああっ!!!」

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