第93話 犬は道具

修学旅行。


二ヶ月かけて、カーレンハイト辺境伯領の領地まで向かい、そこの近くにあるヴェジェの山でキャンプ(野営)するらしい。


一瞬、アドン魔導国との最前線である辺境伯領になんて学生が行っていいのか?とは思ったが……、どうやら現在は小康状態にあるとのことで……。


なんでも、聞いた話によると、アドン魔導国の主要産業であるマジックアイテムの生産販売は、どこぞかの秘密結社が売り出した家電やパーソナルディフェンスアイテムなどによって全て完全に陳腐化したらしく、国内が色んな意味で炎上しているのだとか……?


こわいね。


更に言えば、アドン魔導国とは数十年前に大きな戦争をして、停戦協定を結び、今はその停戦期間中でもあり……。


ついでに言うと、このカーレンハイト辺境伯家ってのは、すぐそこに外国と隣接している訳ではなく……、周辺にある諸侯のまとめ役という意味合いの方が大きい。


つまり、アドン魔導国から急な攻撃があっても、一番最初に死ぬのはカーレンハイト辺境伯家の寄子の手下共で、手下共が死にまくっている間にカーレンハイト辺境伯家は準備を整えられるし、俺達学生も内地に逃してくれるらしい。


そんな訳なので、色々と気を遣われており、そうそう死にはしないとのこと。


まあこの辺は当たり前だよな、魔導師という国で一番大事な人材で、しかも大半が貴族の子供達な訳で。見殺しになんて絶対にされないわ。


「では、恒例の持ち物検査から行ってゆくぞ。荷物を机の上に並べろ」


おっと、クルジェスのジジイがなんか言ってるな。


そうそう、持ち物検査。


今回は長丁場だから、持ち物に関しての指導が入るぞ。


で、俺が指示通りに鞄を取り出すと……。


「あーお主はええわい」


と、完全にスルーされる。


「なんで????」


「虚空から物質を創り出す奴の持ち物を見ても何も言えんじゃろ」


ド正論であった。




こうして、持ち物検査を無事にパスした俺は、無事に学園を出発した。


さて、班行動となる訳だが……。


「エグザス様っ♡」


「エイダか」


……別に、班員のみで行動しろとは言われていない。


まだ二年目だしな、出張も上司(教師)と一緒で集団行動って訳だ。


新卒の研修が如く、みんなでゾロゾロとな。


これが五年六年になってくると、実際にモンスター討伐の仕事を請け負い、パーティというかチーム単位での行動をすることもあるらしい。


その時は、班ごとにバラバラで行動したり、班員をシャッフルされたりして、幅広い対応力を身につけさせられるらしいが……。


まだ今はそこまで求められていないな。


何事もチュートリアルって段階だ。


十四歳とかだしな、まあそうなるだろう。


「よーし、では行進から始める!それ、イチ!ニ!イチ!ニ!」


そもそも、集団行動のやり方から教えられる段階だわ。


ほら……、地球でさ、小学校で整列とか行進とかのやり方を習うのは軍隊教育の名残りなんですよー、みたいな話、聞いたことあるだろう?


我々、一般通過現代人は、ナチュラルにそういうことをできるが、この世界の人々は違うのだ。


素早く並んで、皆と歩調を合わせて、整然と歩く……。そんな簡単なことすらできない。


皆、年齢的には中学生なのに、だ。


教育レベルの差ってことだな。悲しいことに、散々変な人らに「遅れている!」と罵られている日本の教育レベルの足元にすら達していない。


まあ中世ナーロッパだしね……。


特に集団行動、これがかなりできない奴が多い。


個人レベルで見たらまあ秀才かなー?みたいなのも、集団行動が苦手ってのが殆どなのよ。


それもそのはず、貴族だからな。


親兄弟やら傅役やらに色々習って、それなりに仕上がってるのもいるが……。


人間は、自分より無能な奴にも有能な奴にも、両方に合わせなきゃいけないから大変だ。


できる側のガキが一般兵に合わせられず苦労する、なんてのがあるあるな話らしいよ?


「大変だよな〜」


「そうですねぇ〜」


「……出てこい!」


ん?


魔力駆動式のバスに乗って移動していたら、クルジェスのジジイに呼び出された。


「まず……、その……、何じゃ、それは」


「バス」


「あー……、動かしている、その女は?」


んー?


ああ、運転手?


運転手には、犬を使っているぞ。


「この女?こいつは犬のマリーってんだ」


「わんわんっ!マリーはご主人様の犬ですわんっ!」


いつぞやに精神をぶっ壊した女暗殺者だが、まあそこそこに顔がよく、無様で面白かったので飼ってるんだよな。


最近では、こいつの脳データを使ってホムンクルス共に技能をインストールするようになったので、ホムンクルスのデータ元とも言える存在になってきた。


本人がこうして死ぬほど従順なので、ホムンクルスという従属種のデータ引用元としてはバッチリって感じ。


「流石に、外部の人間に手伝わせるのは許可できんぞ?」


「いやいや、こいつ、ヒトじゃないんだよ。犬だから。ほら、お手!」


「わんわんっ!」


マリーは俺の手に手を重ねた。


「おかわり!」


「わんっ!」


同じく。


「ちんちん!」


「わーんっ!」


スカートを捲り上げて、股座を周りの人間に見せつけてきた。


もちろん、全員総ドン引きである!


「……訓練されていることは分かったがの、そうではなく」


「まあ待て、ジジイ。……マリー、『自害しろ』」


「わ"ん"っ!!!」


マリーは、腰に下げたナイフで喉を掻き切った。


「む……」


「「「「きゃあああっ?!!」」」」


クルジェスのジジイは気付いたか。周りのクラスメイト達は突然のグロに悲鳴を上げたが。


俺は、自害したマリーの傷を塞ぎ、神経に適切なショックを与えて蘇生した。


「わん!」


「おー、よしよし」


「くぅーん!くぅーん!」


俺にじゃれつくマリーを見て、ジジイは……。


「全く……、その歳で本当に『道具』を作るとはな。良いだろう、『それ』は、ヒトではなく道具だと認める」


と、お墨付きをくれた。


精神を完全にぶっ壊されて何でも言うことを聞くように調整された人間は、命令されて動く肉の塊、フレッシュゴーレム同然。


すなわち、人間ではないってことよ。


王家とか、一部の貴族家にもいるんだよな。


こういう、死ねって言えばマジで死ぬような道具人間が。暗部ってやつ?そういうの。


そう言う感じの道具人間は、判断力が限定的で、こちらで指示しなければ基本的に何にもできないもんだから、道具カウントってことらしい。


クルジェスのジジイも所謂「歴戦」って奴で、そういう道具人間を見た経験はそれなりにあるってことだろうな。




そんな訳で、無事、犬は道具ということになったので、車での移動を続ける……。

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