第94話 旅行の始まり

あああああ!忘れてたあああああ!


—————————




「全隊ー、止まれ!ここで休憩をする!」


クルジェスのジジイから号令。


そういうこととなった。


行進だが、一年間の体力作りでそれなりに動けるようになった今、生徒達に脱落者はない。


例のドリルちゃんも、まあ歩けるようになっていた。


確かに、飲食をそれなりにしつつ、ちゃんと体力作りをすれば、十代の子供なら体力なんてすぐにつくだろう。若いからな。


いやホントに、転生前はそれなりに歳いってたから、ジム通いして運動しなきゃ体力の維持すらできなかったんだよなあ……。


もちろん、一流のビジネスマンとして、肥満体型なんてのは許されなかったし、体脂肪は12%程度を維持していた。それに、運動そのものが好きだったから問題はないが。


それでもやはり、老いることは怖い。年々に、無理が利かなくなっていくあの感覚は。


まあ今はもう、そういう悩みはないのだから、幸せなものだ。


で……、今。


しかし俺は、セコセコと働き、動いている。


時間は無限だとしても、過ぎ去るものであることをよく分かっているから。


夏休みの宿題を初日に終わらせるタイプだよ、俺は。


根本的な話をすると、俺はこういうの……まあ、学んだり働いたり資産を運用したりと、そういうものが当然であるという認識がある。


転生したら人生やり直し!心機一転、今度こそ頑張るぞ!


……そんな訳がない。


地球人類、それも日本人という極めて良い出自で生まれておいて、一度目の人生で頑張れなかったような奴が、二度目だからと頑張れる訳がないのだ。


一度、なんだかんだと理由をつけて「やらなかった奴」は、二度目があっても永遠にそのままだよ。


対して俺は、「やっていた」んだ。


勉強もした、芸術に触れた、スポーツにも打ち込んで、趣味も楽しみ、たくさん働いて稼いだ。


だからこそこの世界でも俺はできる。輝かしい過去は、俺に自信を与えてくれるのだ。


「そういうことだ。分かるか、エイダ?」


「はい!成功体験の積み重ねこそが、健全な精神を作るんですよね!」


そんな話をしながら、俺は車で移動していた。


外を歩き回る一般生徒を眺めつつ、涼しい車内で飲むコーラは格別なんだよなあ!!!


「凄いわね……、まるで、動く高級宿よ」


「本当ですね……、あ、水も出ますよ!」


「んー、修行にはならんでござるが、まあ楽であるに越したことはないでござるなあ……」


はい。


愛人もいます。


俺の班員?


あいつらは知らん。俺の所有物ではないので……。


ただ、生徒達のうち、俺の新しい魔法学を学んだ奴らは、少し違った。


「『グラビテーション』 ラン!」


「『エア・コントロール』 ラン!」


「おおっ、動いたぞ!」


大型の鉄板に乗り込み、重力を操作して宙に浮いて、風で空を飛び移動する班。


「こんな時のために四輪トロッコを持ってきたぞ!」


「よーし、車輪に魔法をかける!『ローテーション』『スピード:スロー』 ラン!」


「……これ、曲がる時どうするんだよ?」


「あー……、車体ごと持ち上げるか?」


「それじゃ意味なくないか?!」


「いや、魔力消費量は減るから……!」


四輪トロッコを魔法で動かす班。


「よーし、エグザス様からいただいたこの召喚獣で!」


「鞍に衝撃を吸収させる魔法をかけるぞ!」


「いや、スライム材を挟んであるから、最初はまず何もしていない状態で確認を……」


大型の召喚獣に乗る班……。


全員が、ある程度の……いや、今持ちうる知識と技能を総動員しての、工夫をしていた。


これは、素晴らしいことだ。


この世界の無知な人間にも、知識を与えればそれを応用できるという確かな証拠だな。


無知は罪だが、取り返しがつく罪。無知を無知のままにして進歩のないことが最もひどい大罪なのだ。


「ううむ……」


と、そんな、俺の薫陶を受けた生徒達を見て、クルジェスのジジイは唸っていた。


「また不正がどうとか、そういう話か?」


車窓から俺は言う。


「いや……。使えるものは、なんでも使う。これは、戦場の鉄則じゃ。ただ、こうやって時代は変わってゆくのだな、と思うとな……」


儂の頃にあれば、どれだけ楽だったか!などと、独り言を溢すジジイ。


ふーん?


頭ごなしに否定してくる訳じゃないのか。


確かに、不正しているように見えるが、その実、魔導師の特権たる魔法を応用しているだけだから、面白アイテムを持ち込む俺よりはかなりマトモ扱いってことかね。


そもそも、クルジェスのジジイも俺の作った新式の魔法理論は知っているし、ある程度理解しているはず。


つまり、理論に間違いがないと分かっているのだ。


だから止めないんだよ。


流石に、その辺は心得ているだろう、教師なんだから。


心得ていない教師には全員消えてもらったしな。


「お主のM言語とやらは、凄まじい。今後一千年はこの形式が続くと言われても違和感がないくらいじゃ。……だからこそ、惜しい」


「何がだ?」


「これがもっと前に広まるべきだったと言うことと……、学園外に広まっておらぬ現状が、じゃよ」


はえー。


「え?何?過去に後悔みたいな?」


「カカカッ!儂も爺じゃぞ?後悔なんぞは、いくらでもあるわい!」


ふーん。


俺も、前世の年齢足したらジジイと言えるが……。


「俺にはないね。今までも、これからも」


「じゃろうな。お主はそういう、『化け物』じゃもの」


「生徒を化け物呼ばわりか?」


「じゃなけりゃ何じゃい?神か?悪魔か?」


「どちらにも、なろうと思えば現状なれるという認識だが」


「クカカ……、そうじゃろう、そうじゃろう。お主は今後、欲しいものの全てをその手のひらから取りこぼさず、全て掬い取る。何でもかんでも思い通りにやる。目に見えるようだわい」


「ふむ?」


「人間という生き物はのう、皆、どこかで必ず『折れる』ものよ。いつかどこかで、辛い現実に自分を合わせる時が来る。それを我らは、『成長』などという言葉を当てはめておるが……」


「ああ、なるほど。それを言えば、俺は成長してないな」


「儂はな、エグザス。お主が羨ましい。いや、皆そう思っておる。だが立場や意地で、お主を認められぬ者は多いじゃろう。そりゃそうじゃ、何も失わぬ、全て手に入る者を、羨まぬものはおらんし……、それを認めて自分が惨めだと思いたくはないからの」


「つまり?はっきり言えよ」


「これからお主は、お主のことを認められぬ者達と何度も顔を合わせるじゃろう。……だが、儂は知っておる。お主が何よりも誰よりも、強いことをな」


「……ええと?」


「なあに、大した話ではない。お主のことを認めておる人間も少しはおると、知らせておきたかっただけよ」


あっそう。


別に理解者なんていらんし、シンパが欲しけりゃ増やすだけだが、まあ良いか。


またこれも、年長者からの気遣いでしょ?


俺は空気が読める大人なので、大人しく感謝したふりをしておいてやろう。

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