第114話 新式・ルーン魔法
自分が出した液体でベタベタになっている美しい少年、アラン。
彼は、軽く魔法を使って残滓を清掃し、男娼用のコスプレ衣装を仕舞い込むと、代わりに、ラフな服装を取り出し、着替え始めた。
もちろん、下着は女物のレース下着で、何故かブラジャーもつけて、更に可愛い刺繍のワンピースを着る。下着の色は黒だし、ハイソックスの色も黒だ。おまけに、貞操帯まで着けている。
この世界は、中世。
現代地球などより、よほど差別は激しい。
そもそも、ドイツなどは二十世紀になっても、同性愛を法律で禁止していたほどだ。
それと似たこの世界も、恐らくは後数百年間は、同性愛者は「犯罪者」として扱われる。
しかも、掘る側ならまだしも、女装して男に尻を振るなどとなると、死刑にされてもおかしくないくらいの異常者である。そう言う存在のことを、「ビョーキ」だと、イカれていると、この世界の人は思っているのだ。
もちろん、そういった性的マイノリティがこの世界に全く存在しない訳ではないが、その人々は必死に性癖を隠して、徹底的に秘匿している。そうでなければ生きられない。
もし、周りの人間に性的マイノリティであることがバレたら、凄まじい迫害を受けるからだ。
人権という概念がまだないこの世界では、個人を守るのは宗教やギルドの横の繋がり。そしてそれは、「異物である」と判断されれば切れてしまう繋がり……。
まあ、貴族となってくれば別かもしれないが……、力強さを誇りとするマッチョイズムを掲げる獣系の亜人種で、女装男娼などをやっているのは、もう終わりである。
男の娘!などと言って喜んでいるのは日本人くらいで、寧ろ今でも、保守的な国では、ゲイは差別と攻撃の対象だ。
その、マイノリティの、亜人の、変態女装少年が、涼しい顔をして貴族達に呼びかけた。
「では、そろそろ始めましょうか。エグザス様の叡智の一端を、あなた方に授けて差し上げますよ」
薄く笑う、美少年。
絵になるが、変態だった。
この変態と、スーツの女とが、二人でホワイトボードを出して、説明を始める……。
「では、『新式』こと、『M言語』についての解説を始めます」
「『M言語』は、従来型の順次制御型の口述術式とは異なり、予めパッケージングされた術式を任意タイミングで発動ができるというユーザビリティが最大の特徴です」
「あなた方のような古い人間にも分かりやすく言えば、『事前に詠唱を済ませて、任意の言葉で発動できる』ということですね。無詠唱、でしたか?それが通常になっているということです」
「何故、そんなことが可能なのか?と言うと、現在の魔法とは全く別の体系の技術だからです。現行の魔法は無駄が多く、制御が逐次的て、自爆や暴発の危険性が高過ぎます。新式、M言語では、術式のベースそのものに安全式が組み込まれてあるので、その危険は殆どありません」
「また、付随する他種術式も、M言語を中心とした開発環境から生まれているので、汎用性の高さと他種術式への知識の流用ができる点も魅力の一つでしょうか?」
「それと……、処理速度も、ですね。あなた方が頭の中で精一杯考えて、暴発しないように必死に注意して詠唱をする現行のものとは異なり、処理は、M言語の術式と直結している『無限演算領域』に代行させることができます。なので……、あなた方の言う、『禁術』?とやらも、誰でも簡単に扱えますよ」
「……ですが、あなた方は最初から、あまり学ぶ気がなさそうですね?」
「エグザス様に対する、敬意に欠けています。我々に対する敬意も」
「もちろん、我々を蔑むのはそちらの勝手。ですが、蔑んでいる相手からものを学ぼうとはしないでしょう?」
「我々も、新人教育は何度も任されてきました。あなた方のような態度の新人は、大抵は伸びません」
「「なので、こちらをご用意しました」」
二人の獣人、美少年と美少女は、本を取り出してみせた。
「こちらは、Rapid User-friendly Numeric Expression……、『RUNE(ルーン)』と呼ばれる術式の手引書兼、覚醒のための魔導具となっております」
「表紙に手を触れると、訓練なしで『ルーン』の術式が使える状態になるというものです。ダウンロードとインストール……と言っても理解はできないでしょうが」
「我々はこれを、幼年部の子供達に与えて、M言語を使用するための訓練をさせているのですが……」
「「あなた方には、これで十分でしょう」」
笑う美少年、無表情の美少女。
貴族達は当然、「お前達には子供のおもちゃで十分だ」などという言葉に、黙ってはいられない。
しかし、そうやって逆らった者は強制退室させられたことは、流石に覚えている。
「し、しかしですな、こちらも子供のおもちゃを持ち帰っては面子が……」
なのでこのように、下から、苦言のような形で文句を言った。
「「面子?」」
笑う美少年、呆れる美少女。
「「ないでしょう、そんなもの」」
二人、声を合わせて、吐き捨てる。
「あなた方は、自分のことを誇り高き貴族だと思っているようですが、違います。エグザス様のおもちゃです」
「エグザス様があなた方を殺さないのは、殺す価値すらないからです。それは、我々も同じ意見です」
「今回の新式の教導も、あなた方がエグザス様に命じた故に開催された訳ではありません。エグザス様は、無様なあなた方が笑えるので、嫌がらせのために我々を派遣なさったのです」
「そして、教導については、我々に一任するとのことでした。その、我々が言います。あなた方には、M言語を受け入れる下地がまずできていません。まずは、『ルーン』を学んでください。話はそれからです」
「そういうことなので、直接、我々があなた方にM言語を一から教えるのは無駄ですので、やりません。我々としても、他にもっと重要な仕事がありますから。エグザス様からは、今日一日で終わらせろ、とのことでしたので」
「「とにかく、自覚してください。あなた方は、この我々よりも劣っています。大人しく、一から学びなさい」」
……こうして、貴族達は、新式魔法の一端、「ルーン魔法」を手に入れた。
その自尊心、プライドを犠牲にしつつ……。
そんな貴族達の悔しさは置いておいて。
授けられた『ルーン魔法』は……。
「なんという使いやすさだ……?!」
「詠唱をせずとも、脳裡にルーンを刻み術を作っておけば、それがいつでも放てるのか!」
「しかも、自爆の危険がある術は、不発となる。これならば、禁じられている術式の改変も……!」
「それに、属性外の術も扱えるのか?!画期的だ!」
悔しさを忘れるほど、有用だった。
『ルーン魔法』は、地球のプログラムで言う『BASIC』のようなもの。
初心者向けで、緻密過ぎる術式は使えないが……、火を吹いたり氷を出したりするには十分な代物。
何より、使い易い。圧倒的に。
「なるほど……。まず、『火』のルーンを刻み、最後に『現出(print)』のルーンを刻む。これだけでは小さな火の塊が出るだけだが……、『現出』の前に、『強度』を高めることで、火勢の強さを設定できるのか!」
「くっ……、確かに、子供でも理解できるほどに分かり易い……!」
「これは……、『入力(inkey)』?な、何?!その場で強度を指定できる……、と言うことはつまり、術の威力をその時々で指定できるということか?!!」
貴族達は驚く。
そして、同時に理解する。
———「この術式をタダで渡すほどの存在は、どれほどの力を隠しているか?」
その、簡単過ぎる問への答えを。
成り上がり者?これを見て、この術式を見てそう吐き捨てたら、それこそ恥知らずだ。完全に負けている下位者が、上の存在へ何を言っても「醜い嫉妬」と切り捨てられて終わり。
認めなくてはならない。
エグザス・フォン・ザナドゥは、ありとあらゆる貴族が敵わない、「高み」にいることを……。
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ビルトランド国立アクアロンド第三小学校
教科書『魔法科一年生』より抜粋
Rapid User-friendly Numeric Expression
この術式(じゅつしき)は、M言語(げんご)で作られている、こども向けの術式(じゅつしき)です。
ちぢめて、「RUNE(ルーン)」とよびます。
みなさんは、三年生まで、このルーンを使って、術式構築(じゅつしきこうちく)の基本(きほん)を学びます。
ルーンは、とてもかんたんな術式(じゅつしき)で、ルーンというシンボルをならべて、数を書き込むことで、いろいろな術式(じゅつしき)を作ることができます。シンボルはかんたんな形で、分かりやすいですね。
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