第115話 導師(社長)の日常
現在、二年生の二学期。
十二月から三月半ばまでの、寒い期間での授業となる。
この国は、冬は結構寒いが、降雪はそれほどでもないので、皆で厚着して登校するようだ。
本来なら、毎年二学期には遠足という名の外部への行軍訓練をするのだが、それは諸事情で一学期の秋頃にやったからな。
二学期は、学内で陣形を組んでの魔法の一斉射撃をやって、期末試験とするらしい。
この国は、魔導師の量と質が強みで、魔導師を育成し運用するために、このような学園を作って運営しているって話だったはずだ。
だから、戦列魔導師……、魔導師が一列に並んで、一斉に同じ魔法を放つ戦術は、世界に名だたるこの国の最強戦術らしい。
まあ、戦術レベルでは強くても、戦略で、もっと言えば経済とか政治とかそういうところで負けてちゃ意味がないんだけど。
色々悪い点はあるが、王が間抜けなのが特に悪いよなあ……。
王が「一番強い魔導師こそ王」と思ってんのは、マジで終わりだ。
強い奴が偉いってのは山猿の世界の話だろうが。統治者には、権限だけでなく多大な責任と、それを果たすための実務的な能力が必要なんだよ。
そもそも、現実に王なんて必要ないからな。
まあ、頭が悪い奴は、なんとなくリーダーがいなきゃまずいと思っているのかもしれないが、実際に国を動かしているのは王ではなく官僚組織だから。
人一人が国を動かすなんて夢物語だよ。人間の処理可能な情報量からして、国の民全てを一人の人間が指揮するのは不可能。
会社員なら、上司に指示されて、上司はそのまた上司に指示されて……。
社長は役員に指示され、役員は、官僚や政治家が定める法律を守ることで指示ではないが統制されている。
で、総理大臣や大統領は、それらの官僚組織や政治家を束ねている、と。束ねるだけで、指示はしていない。各ポストを信用して任せている訳だな。
言葉にすると一本道の縦割りに見えるが、実際は下に行くほど増えまくる樹形図の組織が世の中ってもんだ。
広い国土、地方自治体は結構勝手にやっているし、上からの命令をすんなり聞く訳じゃない。
よって、一番働いているのは中間層である官僚だよ。この世界でもそうで、王は政治に興味がないから、「政務官」みたいな官僚達が実質的に国家の運営をしている。
いや、王だけじゃない。この世界の貴族なんて、どこもそうだ。
まあ、だからこそ、中華のように中央が圧倒的な力を見せつけて、地方にも暴力を振りかざせるんだぞと脅して統治するのは、時代感相応なのかもしれないが。
だが、国有の財産を、自分だけが強くなることに使っているのはいただけない。どんな理由であれ、多くの国税、国の財産を自分の為に使うのは横領だ。例え相手から差し出してきたとしてもな。
……いや、その辺の話をすると昔の偉い人が「自分の偉大さを示す為にデカい墳墓を作ろう!」みたいなのも悪いことになるんだが。でも実際それも横領みたいなもんだよなあ。公共事業になっていたのかもしれんが。
なんでも良いが、それでは保たない時が来ている。今までのやり方ではもう保たない時が。国はいつも、不安定だ……。
そんなことを考えながら俺は、朝から俺の股座に顔を埋めているエイダを引っ剥がす。
「エイダ、今日のスケジュールは?」
「んっ……、ごっくん♡……はい、エグザス様!今日は、午前中にゲーム製作チームの進捗報告と今後の方針を決定するMTGです!その後は十時から家電製作チームの耐用年数測定の為の負荷設定魔法についての実証実験が本邸西棟でありまして、十二時には幹部とランチミーティングですね!それが終わったら午後は休暇です!」
「へえ、今日は忙しくないな。久しぶりに休めそうだ。あれ?学園は?」
「今日は数学と天文学と修辞法の授業しかないので、自主休校の連絡を入れてあります!」
「おお、そうか。助かるぞ、エイダ」
俺は、全裸のエイダにキスをする。
うーん、自分で出した液体の味。まあ俺はその辺あんまり気にしないからセーフ。実際、美少年ともヤってるし……。
パッと指を弾くと、それだけで身支度が整う。もう、魔法がない世界は考えられないな。
エイダは、身をくるりと翻すと、服を着た姿に。なんかすっげえ昔にこういうヒーローいなかったか……?
で、朝食。
最近は作っている暇がないので、出来合いのものを出して食べる。
卵とベーコン、グレービーソースで煮た豆と、小鉢のサラダ。グリルしたトマトとマッシュルームも。
それと、分厚いトースト四枚とコンソメスープ、牛乳。
朝から結構しっかり食べるのは、胃を動かして身体を温め、血糖値を調整する為だ。
こういうデータに乏しい根性論みたいな話はあまりしたくないのだが、食えなくなった人間はそこで終わりだからな。
七十代八十代になってもバリバリ働く政治家達は、その歳になっても朝から晩まで働き、それができるくらいに飯を食う。
「おじいちゃん」である老人が、ガッツリカツ丼や焼き肉を食える。これは、頑健な肉体という名の「才能」だよ。
だから、という訳ではないが、俺はしっかりと意識して食事をするし、スポーツも欠かさない。
体調管理も社会人にとっては仕事の内。過度な肥満や貧弱体型は、肉体の維持を怠った惰弱な人間だと、ビジネスの世界では考えられている……。
……っと、食事は終わり。
試験的に作らせている新聞紙?いや内容的には雑誌か?を、コーヒーを飲みながら軽く眺める。
ふむ、こことここに誤字。写真のズレもあるな。
内容も面白くないしメチャクチャだ。一部には、陰謀論じみた内容もある。……読む人のことを何も考えていないんだろうな、おかしな自論を無理矢理押し付けて「こちらが正しい!」と主張しているところを見るに。
文章ってのは、読む人のことを考えて、理論整然とした簡潔な言葉を使わなくてはならないんだがな。少なくとも、新聞ではそうだ。
特にこの、週刊連載の小説!文章力がないマハーバーラタかな?小学生が考えたみたいな内容のクリーチャーだか神族だかが、百億兆万(?)人で殴り合ってるみたいな……?こいつはダメだな、別の奴に書かせよう。
……いや、やっぱ良いや。続投で。
その辺は仕方ない。書いているのは俺の部下、つまり十代半ばの子供だからな。
今こうやって新聞を書かせているのも、儲ける為じゃなくて「新聞を作れる程度の技能」を身につけさせる訓練の為。
文章って、書かないと書けるようにならないからな。公の場で発表させるのも大事だ、半端なものを読まれて恥ずかしい?ならまともなもんを書けるようになれ!と、そんな精神。
それに、本当の意味でちゃんと文章が書ける賢い部下は、ちゃんとした仕事をやらせている。新聞付録の週刊連載小説なんて、アホな素人がやるくらいで良いだろう。
で、仕事の方。
基本的に、下もそろそろ、育ったとまでは言えないが、使い物になる奴はちらほらと出てきた。
本当なら自分で考えて動けるようになって欲しいんだが、未だ十代の子供にそれを言ってもなあ……という感覚もあることだし、とりあえずこちらが言ったことを言った通りにできれば良しとしている。
「……こ、このように!げ、現在では進行不能バグが一つ見つかっておりまして!こ、こちらの方を解決しない限り、リリースはできないと思います!」
「あー、君、名前はなんだったか?」
「デ、デニスです!導師様ッ!」
ああ、そういえばウチ、秘密結社だったな。
闇に潜って社会不正をやって脱税して儲けよう!みたいなコンセプトだったのだが、思った以上にこの国の法律がガバガバ過ぎて、単なる秘密結社という名前の企業になってしまった……という話は毎回しているんだが。
だが、その、役職名とかは秘密結社のそれをそのまま使っている。
なので俺は、社長ではなく導師(グル)。
幹部は、俺は幹部と呼んでいるが正式には半神(デミゴット)。
社員達は構成員(プログラマ)。
こんな風に呼ぶことになっている。
この言葉……例えば「プログラマ」という単語も、この世界には存在しない言葉だから、周りの奴らは勝手に意味を深読みしたり独自解釈したりして、「情報を編纂しうる能力を持った存在」と定義しているっぽい?
「デニス君か。じゃあデニス君、一言いいかな?……緊張しているのは分かるが、それを表に出すのはやめるように。俺はまだしも、その自信なさげな態度は、取引先に不安感を与えるよ?相手は、プログラムのことなんて何も分からない一般人なんだからね?堂々としろとまでは言わないけれど、貧乏ゆすりや目線を逸らすのはやめるようにして」
「はっ、はいっ……!も、申し訳ございません……!」
「別に怯えなくていいよ、怒っている訳じゃない。ただ、やるなと言ったことをやらない、やれと言ったことをやれば、新人はそれで大丈夫だからね。何でもそうだけど、ダメそうだったらちゃんと連絡してね?手がつけられないくらいになってからダメでしたーってのが一番良くないよ」
「はいっ!」
「えー……、で、進捗報告の方ですが、よくできています。テンプレート通りに報告書が書けているので、そこは素晴らしいです。今年度からは、プログラムを直接触ってみて、デバッグを行ってもらう予定ですから、予習をしっかりしておくように。もちろん、職責に応じて昇給はありますから、頑張ってね」
「あ……!ありがとうございますっ!!!」
仕事はこんなところか。
やはり皆、若いなあ。
若くても自立していて賢い方だが、それでもまだ若い。
人生そのものの経験不足感がある……。
その辺りの「人間そのもの」をうまく育てるのは俺にはできないので、個人個人で頑張って欲しい。
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