第54話 第二王子の弱点

「その辺にしておいてくれないか?妹が可哀想だ」


おっと……?


えーと、確か、第二王子の……。


「ギなんとかさん!」


「ギルバートだ」


あーはいはい、そうだったそうだった。


二度と会う機会はないだろうと思ったから、名前忘れてたわ。


「お兄さんは元気か、坊や?」


「ああ、『次は負けない』といきり立っていたよ」


「ほー、そうか。じゃあ、『次に舐めた真似をしたらぶっ殺す』と伝えておいてくれ」


「……君は、本当に王家に対しての畏れがないんだね」


「お前は威嚇する羽虫を怖がるのか?」


俺はそう言って、視線も向けることなく、M言語で新作ゲームのプログラムを組み始める。


「私は臆病でね。羽虫も毒を持つかと思えば、怖くて手が出せない」


そう言って、俺の目の前にある唐揚げタワーから唐揚げを一つ取って食べるギルバート王子。


「あ、美味しいなこれ……」


とか呟いているがスルー。


「ふむ、確かに、毒虫であれば怖いな。俺もそれには同感だ。……だが、相手が毒虫かどうかくらい、見れば分かるんだよ」


「……神ならぬ人の身で、『分かる』と?相手のことを見るだけで?」


「お前らは本当に想像力の足りないアホなんだなあ……」


「……その心は?」


「『アナライズマジック』……、つまりは、『鑑定魔法』だよ」


そう俺が言った瞬間、周りの奴らが全員こちらを見てきた。


何を驚いているんだ、こいつらは?


「『熟練の魔導師は、相手を見ただけで保有する魔力の量を感じ取れる』……、だったな?であれば、それを何故術式にしないんだ?理解に苦しむ」


「……この地上でそんな発想をするのは、君か、無神論者のアドン魔導国の者達くらいのものだよ」


ハ、笑わせる。


「自分達の無能を、無思慮を、創造性の無さを、神の所為にして思考放棄するのがお前ら無能共が無能たる所以だよ。だから言った、神などいないと」


「鑑定魔法、と言ったね。何が分かるのかな?」


「俺はコミックブックの悪役のように、自分の手の内をペラペラと喋るつもりはない。だが、今日は機嫌がいいので答えてやろう……」


「ありがたいね」


「……鑑定魔法で分かるのは、重さ、大きさ、含有魔力量、魔力性質はもちろん、骨密度や筋繊維密度などから身体能力も見抜き、シナプス活性度から暫定的な知能も分かる。フェロモンや電気信号を読み取り、好意や悪意を感じ取り……、おまけに怪我や病気の有無なども知れる。他にもまだあるが、聞きたいか?」


「つまり……、君の前では、『何ができるか?』も、『何をする気か?』も、全て筒抜けになる、と?」


「そこまでは言ってない。だが、魔法を、何をどれくらい使えるか?は分かるし、そいつが俺に敵意があるかどうか?くらいは分かると言う話だ。……まあ、アプデすればまた機能が増えるだろうが」


「故に、相手が誰でも恐るるに足らずと言いたい訳かな?」


「いや?更に、二重三重の防御や索敵に関する魔法を、二十四時間常に張り巡らせてある。例え、寝室で寝ている俺に、街ごと滅ぼす隕石が落ちてきたとしても……、俺には傷一つつかないだろうな」


あと、実家の領地を強化して弟に管理を任せたのも、魔法が使えなくなっても持続可能な利権として、という理由がデカい。


あの領地は、俺が没落した時に逃げ込むセーフティネットでもある訳だ。


だから今、弟に利益になりそうな貴族同士の繋がりを与えてやろうとしてるんですね。


まあそんな訳なので、恐れるものなど何もない。


「嘘……、ではないね。その自信、本気で一国を相手にできるだけの力があると確信している」


冷や汗を一筋流し、兄とは違う優男らしい柔らかな美貌を、僅かに歪める王子様。


どうした?顔色が悪いぞ?


ってかさあ……。


「一国を敵に回す、だと?お前らにそんな力はないだろ。その証拠に、王家のお前らは偉そうにしているが、実際は貴族共には割と舐められてる……」


「……ふむ」


あ、自覚はしてるんだな。


……いや、驚いているドリル姫様の顔を見るに、これに気付いてんのは第二王子だけ、か。


驚いた。


脳筋ばかりの一族かと思ったが……、第二王子には、多少の知性がお有りになるらしい。


「王家……、確かに凄えよ。ミクロフ川とその沿岸の肥沃な大地を支配し、交易の中心点であり、豊かな経済力と大きな権威により、多数の兵士と魔導師を抱える……」


だが。


「だが、それだけだ。権威であれば、教会の方が上。兵士の数はクライン侯爵家と同等。兵士の練度はカーレンハイト辺境伯家の方が上。経済力ならば、バイトマン伯爵家やスペンサー伯爵家、カーペンター子爵家辺りでも、内政を上手くやりゃ二、三十年で埋められる程度の差しかない……」


つまり、だ。


「複数の貴族がまとまれば倒せる相手なんだ、舐められて当然だろ?」


これは、第二王子も理解していたらしく、顔色は変わらない。


「そうだね、その通りだ。だが、貴族達は王家を裏切らないと私は確信している。何故か分かるかい?」


おお、そこまで理解しているか。


答えは当然……。


「「割に合わないから」」


と、王子様と俺は同時に言った。


ああそうだ、そうなるな。


王家は、貴族の中で一番の大物貴族である、と言うだけで、絶対的な命令権だのがある訳じゃない。


なのに、どうして貴族達が王家に従うのか?と言えば、その方が都合がいいからだ。


積極的に王家を裏切るほどの理由がないからだ、とも言える。


「だが、それもいつまで続くかね?戦乱に次ぐ戦乱……、混迷する時代……、腐敗蔓延る教会に、不正を重ねる貴族達……。破滅の足音が今にも聞こえてきそうだ」


……いや。


「いや、お前には聞こえているはずだろう?毎晩褥で震えている。破滅と言う名の死神の足音が、床が軋む音が、枕元まで来ていると理解しているからな……」


そう、俺は見抜いていた。


鑑定魔法でだ。


この男、第二王子ギルバートは、「強烈な不眠症を患っている」と。


王家お抱えの治癒魔導師が、顔などの見てくれだけは整えている為、表面上は俺も気付けなかったが……。


脳や臓器の過度な疲労、異常な神経過敏、呼吸器の障害と、ストレス症状の塊だ。


……王や、第一王子などの他の王族達は健康極まりないのが哀愁をそそるな。ごめん嘘、めちゃくちゃ笑える。


恐らくは、その賢さからこの国の滅びを敏感に感じ取り、国の崩壊を夢に見て眠れないのだろう。


かわいそ……。


そんな俺に、震える瞳を向けてくる第二王子。


ああ、そうだろう。


見抜かれたと感じたのだ、最大の隠し事を。


武断派なこの国において、王子ともあろうものが、褥で夜泣きをしていると。俺に見抜かれた。


最大の弱点なのだろう。


能面のようなツラをしている。


「エグザス君、少し話さないか?」

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