第41話 聖女
なんか知らんけど数学の単位が貰えた。
担当のゴート曰く、「ここまで理解していれば、私から教えることなど何もないわ」とのこと。
しかしその代わりに、学園より上の学問の研究機関である『学院』に論文を送ることになった。
暇な時、適当な論文を送りつけてやろう。
修辞学や弁証学も、特に見どころがないので、教師をボコボコに論破して単位を頂戴した。
そして次に、聖書学とかいう授業に顔を出す。
……単なる、宗教のセミナーだった。
つまんねー。
つまんねーので、理論的に論破して遊ぶ。
「はいそこ違う。ネイト神への誓約書十九章五節に『私は、血に触れる者に触れません』とあるが、これの意味するところは感染症への予防対策以上の意味はありませぇん」
「何を……?!」
「こちらの方に顕微鏡を用意したので、黒板の方に投射するゾ〜」
で、細菌とかを映す。
「こちらが、聖書の解釈における穢れの元、目に見えぬほど小さな虫である『細菌』と言う」
「な、何と悍しい……!」
「穢れってのはこれのことで、血には穢れが多く含まれてるんだよ。だがこれは、洗い流せば平気だ。大切なのは、血液に触れる労働者を差別することではなく、公衆の衛生環境、清潔さだ」
「き、貴様っ!聖書が間違っているとでも言うのか?!!」
「んー、まあ、場合によれば?だが、この聖書とやらを書いた奴も馬鹿じゃない。だから、『血に触れると何となく病気になりやすい気がする!』ってことを伝えたくて書いたんだろうな」
「この『ネイト神への誓約書』の著者は、預言者インテ様だぞ?!インテ様が間違いを犯すとでも言うのかぁっ?!!」
「そりゃ間違うだろ?インテは神じゃないからな。我々人間の身では、絶対無謬にして全能たる神の存在は観測できないからなんとも言えないが、『神は間違えない』のならば、『人間は間違いを犯す』と言える。『人間は神じゃない』からな。大体にして、どんなに偉い聖人様とて、間違いは犯すだろうが」
そうして、セミナー主たるアホ教師をロジハラ虐めして遊んでいると……。
「あの」
青髪の美少女……、確か、聖女グレイスだったか?
そいつが手を挙げた。
グレイス・アークライト……。
海のような空のような、透き通る美しい青色の御髪を、ショートカット程度に切り揃え。
翡翠の玉を埋め込んだかのような瞳は柔らかで優しげだが、すらりと通った鼻筋は、真っ直ぐで芯のある人格を表すかのよう。
純白のドレスは穢れなき乙女の印ってところか?
そこに、学校から配布された制服代わりの藍色のケープを羽織り、黄金にアイオライトが嵌め込まれた首飾りをぶら下げる。
「どうした、聖女さんよ?」
「私は、貴方の考えが正しいと思います」
ほーん?
絶句する教師を他所に、俺は聖女の話を聞く……。
「私も、生まれた時から聖女として行動してきましたが、たくさん、たくさん間違いを犯してきました。小さなことから大きなことまで。ですから、預言者インテ様も、何か間違いを犯した可能性はあると思います」
ほう。
「それで?」
「では、エグザス様。人は、どうすれば間違いを犯さないようになりますか?」
おっ、哲学の話?
良いね、好きだよ。
先程、哲学の話は哲学者とやれ!と適当なことを言ったが、美少女とお話しできるんなら前言を翻すくらいやる。
と言っても、恐らくは実務的な話だろうが。
となると答えは一つしかない。
「無理。間違えないのとか無理。間違いを犯さないのは神だけで、人間は必ず間違う」
「そうなのですか」
「だが」
「だが?」
「間違いを減らすことはできる。その為に人間は、様々なことを試して、記録して、学習するんだよ。我々が失敗したこと、成功したことを後世に残すことにより、我々の子供達はより豊かになれるものだ」
「豊かさは悪だと聖書にありますが……?」
「マカの予言書二十四章三節だな?『富を追い求めるものは愚かだ』だったか?」
「はい」
「何故マカがこんなことを書いたのか、考えたことはあるか?」
「それは……、ありません」
「では教えてやろう。マカは、聖書の記録から、貧農の子であったと読み取れる。故に、資本家……金持ちに怒りを向けたのだ。つまり、個人的な恨みだ」
「そうなのですか?」
「その可能性が高い。それに、逆に聞くが、もし聖書に『王は全ての富を民に分け与えろ』と書かれていたら、その教えは世に広まると思うか?」
「そんなことをすれば、王権を持つものが反発すると思います。ですが、王とは神の代理人の一人なのでそれは……」
「では、『全ての女は、求められれば誰にでも身体を売らなければならない』とあれば?」
「は、破廉恥です!」
「そう、破廉恥だ。そんなことが書いてある教えが、世の中に広まるはずがない!……じゃあ、聖書に、『金持ちは悪者だ』と書けば?」
「あ……、大勢の支持が、得られる……?」
「つまりそう言うことだ。金持ちはみんな嫌いだから、金持ちの悪口を書いた聖書は流行るってことだ」
「そうなのですか……。ですが、実際に、富める者は、貧しい者に施しをせねばならないのでは?」
「ふむ、どこまでだ?」
「どこまで、とは?」
愉快な会話だ。
神を信じてるピュアな連中に、現実パンチを入れていくのは快楽を感じられる。
コウノトリやらキャベツ畑やらを信じている少女にポルノを……ってか?
とても気持ちがいい。
「お前も充分に恵まれているだろうが。貧しい者の暮らしを本当に知っているのか?彼らは襤褸きれを纏い、ドブネズミすら食らい、盗みをして生きているんだぞ」
「そ、それは……、本当、なのですか?」
「ああそうだ。お前が身につけている黄金の飾り物一つで、何人が救われるやら……」
「そう、なのですか……」
「だが、それは困るだろう?誰だって、自分の食う分を削ってまで、他人に施そうだなんて思わない」
「わ、私は!」
「アンタはそうでも他の奴らはどうかな?例えばここにいる教師……。何だったか?授業開始時に司教だとかなんだとかと自慢していたなあ?……おやっ?おかしいな司教?何故そんなに太っている?自分の食う分を削って貧者に施せば、太るなんてことはあり得ないのだが?」
「そ、それは」
デブ教師司教が何かを言おうとするが、俺はそれを遮る。
「そもそも、他人に施す側の教会が、何故領地を持ち、何故税を集め、何故酒造で金を稼ぐ?施してねえだろうがよ」
「……確かに、そうです。私は今まで、それを考えませんでした」
聖女がそう言った。
悲しげに目を伏せながら。
「そう、そうだ。貧者に施せと言うならば、お前らの持てる財産を全て差し出し、お前らの血肉もくれてやればいい。貧者は人の肉すら食うのだから。……それを何故やらないか?人々は本質的には富を求めているからだ」
「そう、なのですね」
「では、どうすれば貧者を減らせるか?そう考えると、最も重要なのは教育となる」
「教育なのですか?皆が少しずつ我慢すれば……」
「いやいや、勘弁してくれ。貧者に相当する人々は、この国の七割を超えるんだぞ?我慢でどうにかなる領域の話じゃない」
「そ、そんなに多いのですか」
「ああ、そうだ。だから、貧者には貧者にならないような工夫をさせるしかない。その為には教育が必要だ」
これもうね、強制的にでも子供を集めて教育するしかないんだよね。
例えば日本でも、昔は、子供は労働力として働かされ、学校とかどうでもいい!って感じだったのだが、法律で無理矢理にでも学校に通わせるようになり、そこから少しずつ良くなっていっただろ?
一次産業の発展も当然大切だが、まずは無理をしてでも教育を広めることが第一だ。
教育は全ての基礎になるからな。
「では、教育が充実するとどうなるのでしょうか?」
「いい質問だ。人々が賢くなると〜……」
………………
…………
……
俺が幼い頃の暇潰しに考えていた、工業化へのロードマップについて演説した。
「大変素晴らしいお話でした!私、とても感動しました!」
聖女は、そう言って俺の手を握る。
「あのっ!よろしければ、私も貴方の部下にしてもらえないでしょうか?!」
ふむ?
「貴方の案に従えば、多くの人が幸せになれると思うのです!どうか私に、貴方のお手伝いをさせてください!」
「よし、良いだろう」
聖女、ゲットだぜ。
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