第40話 数学おじさん
さて、サムライ女ことユキを下して下僕兼愛人にしたところで、早速履修登録的なのを始めていこう。
今週はガイダンスしかないので、説明を聞いていく。
意外と時間割には余裕があるようで、講義は基本的に一日四回まで、週に六回は入れられる。
……のだが、4×6=24コマのうち、週に12コマ程度で卒業要件を充分に満たせてしまう。
文法、修辞学、弁証学、算術、天文学、幾何学。
この六つが貴族学と呼ばれる人気教科で、貴族はこれを知っておくべきと言われている。
そして、学園においては必修の授業とされる。
もちろん、うちのしょーもないクソ親父みたいにできない奴も少なくないが。
だがまあ、貴族は、貴族というだけで単位そのものは自動でもらえるので……。
評価はもちろん別だぞ?
でも、単位は出る。卒業はできる。
で……、そこに、音楽、芸術学、魔法学、古代語学、神学、医学(内科)などが入る。
科学に相当する錬金術や、外科医療、経済学は賤しいカウント。
賤しいので貴族はそんなこと学びません。
錬金術は詐欺!
外科医は血に塗れる汚物!
商人や金貸しは不浄なる金銭なるものを扱う下賤の者!
これがッ!これがッ!これが貴族だッ!
バルバルバルー!
つまりそういうことだ。
理解不能!か?
では、軽く説明してやろう。
この世界のこの地方、『西方世界』においては、『聖教』という宗教が中心になっている。
この聖教に反する奴は、いくらでもリンチしてOK、むしろリンチしましょう!という価値観が蔓延しているのだ。
内容はキリスト教に近いようで、魔法の存在を公認しているのでまあまあ違う、なんかよく分からない宗教。
とにかく、これの聖典に書いてあるのだ。
『神の教えは絶対ですよ』≒「逆らえば殺す」
『世界は神が作りましたよ』≒「全ての自然現象は神の思し召しなので疑問を挟むな」
はい、自然科学の否定。
『血は穢れだから、血に触れる仕事は賎業ね!』
これはまあ、恐らくは、血に触れる人々が伝染病などの仲介者になっていることが経験則的に理解されていて、血に触れる職業……、すなわち、『外科医』『狩人』『肉屋』などは、汚いし病気うつされるから近づくな!ってことだ。
実に合理的な宗教だと思う。
例えば、地球では、『イスラム教徒は豚を食べちゃダメです!』とあるだろ?
あれは、イスラム教が生まれたのは砂漠の食べ物に乏しい地域で、人と同じ食べ物を食べる家畜である豚は育てるべきじゃないから、「不浄な生き物」に認定した、みたいな説がある。
それと一緒で、血は病原菌を媒体するから、血に関する仕事をする人にはあまり近寄るなよ!ということだろう。
……とは言え、そんなことを言ってそこで思考停止しているから、衛生概念とか医療とかが発達しないんですけどね!
で、金融関係が賤しいカウントの理由?
これは簡単だ。
この世界の人々は、商人の重要性を理解していないからだ。
現代社会で生きる地球人ならば、融資には利子つけて返さなきゃならない!とか、卸売の額と小売の額は違う!とか、そんなことはもちろん理解して当然だ。
だが、この世界の人々は、分からない。
学がないから、教育を受けてないから。
商人は、物を運んだり品質を保証したりするために値段を高くしているんですよ!とか。
金貸しも商売でやってるんだから、利子をつけて返してもらわないと生活できないんですよ!とか。
そんな、我々の時代の正論を叩きつけても、理解できないのだ。
まあつまり、科学と金融は、学園じゃ習えないってだけ理解するべきだ。
……え?
じゃあこの二つはどこで習うのかって?
そりゃあ、世の中にたくさんいる、詐欺師同然の錬金術師や商人に弟子入りしてくださいってことだよ。
そんなんだからインチキ扱いされるんだよなあ……。
要するに、科学と経済の存在は認められないが、この世界で科学と経済の話をする奴は大抵詐欺師ってことよ。
さてさて、そんな訳で。
ガイダンスで一通り話を聞いたのだが、何一つ有意義な話は聞けませんでした、と。
教師の半分は、コネで教師になったようなカス。
そんな連中は、ガイダンスの段階でボコボコに論破してやり、単位を無理やり出させた。出る価値のない授業に時間をかけるのは無駄だからな。
しかし、教師の中には、そこそこにできる奴と、かなりできる奴も少しだがいた。
何かこう……、中世並みの世界!と言うと、何かと馬鹿にしがちだが、例え世界が中世だろうと賢い人は賢い。
例えば、レオナルド・ダヴィンチは中世の偉人だが、きっと俺より賢いだろう?
つまりそう言うことだ。
例えばそう、数学科の教師、ゴート・フォン・マクスウェルとか。
ゴートは、白髪をオールバックにした、三白眼の厳しい面構えの大男だ。
壮年にも拘らず、分厚い胸板にぐっと力を入れて胸を張り、よく通る低い声で俺達に呼びかけた。
「貴様らは殆ど、貴族の餓鬼だ」
凄まじい物言いだった。
逆に言えば、これが許されるくらいに有能なのであるとも、また気付いたが。
「貴族なれば、領地運営の数字など見る必要はないだろう。高貴なる身であるから、金勘定のことなど知らずとも良い」
確かにそうだ。
うちの親父も、領地運営など家令に任せきりだった。
「しかし!」
ゴートは、ステッキを地面に突いた。
ゴートの恐ろしげな風貌を見て萎縮した生徒達は、すっかり黙り込んでいる。
なので、ステッキを突いた時の音は、嫌に響く。
「しかし、それは『できなくてよい』と言うことではないっ!『できない』と、『やらない』には天と地程の差があるのだ!」
へー、その辺分かってる人か。
頼もしいな。
「であるからして、貴様らには、数学について覚えてもらう!領地運営ができる程度にな!」
うんうん、良いね。
俺も数学はそこそこ得意なんだよ。
高校の頃に数学オリンピックで優勝したっけな。超難問!とか言うから期待したのに大したことなくてなあ……。
大学の頃は休みの日とかに暇潰しで未解決問題を解いて表彰されたりもしたっけ。あれ、良い小遣い稼ぎになるんだよな。
けどまあ、世の中にはもっと凄い数学者がいるしな。
数学者には、ラマヌジャンのような、「寝てる間に女神が教えてくれたんすよ」みたいなマジキチも多いからなあ……。
そう言うのと比べると、俺は一般人よ。
「はーい、先生」
「なんだ、小僧」
「偉そうに言うが、あんたはどれほど数学ができるんだ?」
「ほう、よく言った。私は三次方程式の〜……」
ふむ、地球で言う、カルダノの公式を見つけた功績がある人なのか。
普通にスゲーな。
とりあえず、アラビア数字と数学記号の普及と、今の数学論の曖昧な公理を整備して現代地球の数学公理と同じ基準を定めるか。
俺は、チョークを手に取った。
………………
…………
……
「という訳で、この楕円幾何学と双曲幾何学からして、第五公準である平行線公準は否定すべきなんだよ」
「ふむ……、確かに正しいな」
「こういうのを非ユークリッド幾何学と定義したんだが、つまり、現在の公理を……」
「それは認めてよい、だがここは……」
「いやそこは違くて、つまりここは……」
「なるほど。では、こういう問いには……」
五時間ほど議論を交わして、最終的に、こちら側の理論を丸っと飲ませることに成功した!
快挙だ!
なお、生徒は全員ダウンした。
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