第28話 小さな魔導師

馬車移動中、暇潰しに、エイダに六十四段のハノイの塔をやらせる。


ハノイの塔ってのは、三本の棒に、穴の空いた円盤を重ねていくのだが、下にある円盤は必ず置く円盤より大きくなければならない、というアレだ。


レイ◯ン教授とかやれば分かるので買え。


そして三十分後……。


「……あの、エグザス様」


「お?どうした?」


「このパズル、ひょっとして、永遠に終わらないんじゃ……?」


「惜しいな!永遠じゃないぞ!」


「つまり……?」


「一枚動かすのに一秒かかるとして、五千億年くらいかかる計算だな!」


「やっぱりー!」


「ははは、ちゃんと気付いただけ偉いぞ。じゃあ、解説していくか。このパズルは〜」


………………


…………


……


「という訳だ。因みにこれをメルセンヌ数と言う。分かったか?」


「はい!……うう、さっきまでの時間は何だったんだろう?」


「まあまあ、三十分で気付けて良かったじゃないか」


「はい……」


エイダを撫でてやりながら、馬車で道を行く。


今更だが、馬車は二台あり、二頭立てで六人くらい乗れるサイズのもの。


片方には俺達が、もう片方には物資が載せられているそうだ。


そして、護衛兵士が馬で二人随行している。


この世界の馬は、現代日本で言えば乗用車くらい高価だから、この待遇は正直、相当に良い。


木端騎士爵の、それも爵位を持たない息子が、一般的な貴族と同じくらいの待遇で移動できる……。


ありがたいな。


先生には、新作ゲームを作ったら送ってあげよう。


さて、そんな感じで、旅程の半分以上を消化した俺達。


王都まであと一ヶ月を切ったくらいか?


その時に……。


「うお、何だあれ」


「馬車が……、オークの群れに襲われているみたいですね」


馬車。


俺が乗っている馬車は、カーレンハイト辺境伯の客人用のそこそこ質の良い馬車だが、この襲われている馬車は、貴族用の煌びやかな四頭立ての馬車。


高級なウォルナット材に高名な職人が施したであろう彫刻が刻まれ、帆の部分には金糸飾りと紋章が付いている。


その紋章を見て、俺はすぐに馬車の持ち主に気付いた。


流石に、うちのような木端騎士爵の紋章までは知らないが、上級貴族の紋章は一通り先生から教わっているからだ。


この目の前の馬車に掲げられているのは……。


盾の上の王冠は高位貴族の証、ヘルメットは貴族の印。


盾を支えるのは、世界を支えているといわれている大蛇、『ヨルムンガンド』……。


盾は、黄色地に銀の塔が描かれている。


そして、刻まれたモットー……、『心身共に鋼であれ』……。


間違いない。


「名門中の名門、『クライン侯爵家』の紋章だ……!」


クライン侯爵家。


建国以来から歴史のある土属性魔導師の名門にして、武力だけならば王家に匹敵するとも言われる武門……。


そう言えば、ここら一帯はクライン侯爵家の領地だったな。


となると……。


「『ポップ 《メタルバレット》 アウトプット フロント』!!!」


鉄の弾丸が、襲い来るオークに突き刺さる!


やはり、馬車に乗っていたのは魔導師だ!


馬車から飛び出して、オークと戦っているのは女。


それも、俺と同い年くらいの少女だ。


恐らくは、学園に向かっている同級生だろう。


日に焼けた肌、赤い髪、ブラウンの瞳。


小さな背丈のツインテールは、子供のキンキン高い声で更に詠唱を続けた。


「『ポップ 《メタルブレード》 アウトプット フロント』!!!」


回転するノコギリの刃が、風切り音と共に射出され、オークの肉を抉る。


『ピギイイッ?!!』


オークの悲鳴。手足が斬り飛ばされる。


あ、念のために言っておくが、オークはかなりの強敵だ。


2mを超える巨躯に、プロレスラーも裸足で逃げ出すほどの筋肉と脂肪を纏い、ヒグマのような骨格と皮を持つ、醜い人型。


知能も高く、女の胴ほどもある太い棍棒や、人間から奪った武器で武装している。


並みの人間なら、戦いにもならず殺すな。


恐らくは、俺のあのクソ親父と同等レベルの戦闘能力がある。


あのクソ親も、魔法は使えないが、無意識下で魔力を操作して身体能力を上げるくらいの芸当はできていたし、日々棒振りをやるだけあって、戦闘能力は精鋭兵並みであった。


つまり、オークは、精鋭兵並みに強いのだ。


それを、俺と同い年……、十二歳ほどの少女が、複数体を対処できてしまう。


残酷だが、これが魔導師だ。


いくらクソ親が精鋭兵並みの武力があったところで、戦場では、この少女のような魔導師に蹴散らされる的でしかない。


悲しいね。


さあ、赤髪褐色ツインテのメスガキは、矢継ぎ早に詠唱をするぞ。


魔力量もかなりのもので、あれだけの物量に五分はゴリ押しされているのに、全く息切れしていない。


魔力量は、基本的には、使える術式が多いほど多くなるから、察するところかなり使えるようだな。


あ、それと、五分というと短く感じるが、たった一人で戦場の前線を五分も抑えるとか、普通に神がかり的だからな。


一体で一般兵十人分くらいの戦闘能力があるオーク数十体を一人で押し返すとか、この世界基準だと戦術兵器だな!


だが、段々と押されてきたな。


流石にオークが多過ぎる。


「おかしいですね……」


隣でエイダが呟いた。


「そうだな」


俺が返答。


どう言うことか?


うーん、そうだなあ。


モンスター。


モンスターと言うと、恐れを知らぬ、命を捨てて襲い掛かる恐ろしき魔獣!みたいなイメージがあるかもしれない。


が、その実。


モンスターは単に、魔石が体内にあるだけで、行動理念は獣と変わりないのだ。


ただ、強くて賢いから人を襲う、人から奪うみたいな選択肢が取れるだけ。


え?賢ければ人間を避ける?いやいや、普通の動物を襲うよりも、家畜や畑とかいう美味いもんを持ってる上に便利な武器とか道具も持ってる奴、襲わない訳ないんだよなあ。


けどまあ、そんな訳で、頭が回るから強い人間からは逃げるんだよ。


要するに、オークも、ここまでダメージを受ければ恐れをなして逃げ出すのが普通ってことだな。


それなのに、このオークは、何故か命を捨ててまで襲い掛かってきている……。


これはおかしいことだ。

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