第104話 山の中で
山登り、三日目。
学友という名の手下共に雑魚を蹴散らさせ、俺は悠々と山を登った。
オフィスから出てアウトドアを楽しむのは、やはり良いな。仕事終わりのジムのようで、気持ちがいい。
……ああ、運動はしている。
一流のビジネスマンならば、体調管理の延長線として肉体機能の維持もしなきゃダメだ。
底辺層はあまり知らないことらしいが、本当の金持ちは極度に太っていたり、痩せていたりはしない。そんな奴は、金を持っていても信用されないからな。
それに、本当の金持ちは、健康は金で買えないことを知っているんだよ。
金で買えないものをたくさん手に入れようとするのが、本当の金持ちの欲望であることは、実は知らない人が多いらしい。
贅を凝らしたフランス料理、三つ星だのなんだの。何十万円もする懐石?
ドバイの別荘?高層ビルの天辺のホテル?
誕生日に好きな映画スターを呼んでパーティー?
そういうのはいかにも、貧乏人の発想だ。貧乏人の考える「贅沢」だよ。
本当の金持ちは、そうではない。
高級だが、意味のある食事……例えば、この時期この場所でしか味わえない名物。記念日に造られたワイン。
怠惰にホテルで踏ん反り返る?いやいや、落ち着いた紹介制の宿や飲食店で、静かに寛ぐのだ。値段は関係ない。
金をばら撒いて、高級車だ、腕時計だとバカみたいな買い物?そんなこともほぼない。自分が気に入ったもの、感動したものに金を払うのだ。それがどんなに高価でも関係なしに、感動したものになら糸目をつけないで払う……。
感動に、金を払える。
金のない上に理屈っぽい奴は、「普通のものの十倍の値段の酒を飲んでも、美味さは二倍くらいでしょ」とか言うが、違うんだよなあ。
高々普通の二倍の美味さの酒を飲むこと、その感動に、いくら払っても惜しくないと考えるのが金持ちなんだよ。
払った値段に、意味を付与できるのが、本当の豊かさであり、心の豊かさだ。
俗っぽい話をすると、金持ちの喜捨。募金の類もそれだな。
尊敬は金じゃ買えない。達成感も。
だが、募金をして、名前を売ることで、地位を高める。その為に、人の年収を超えるような額を、募金として出せるんだよ。
金持ちが「やり甲斐」と言う言葉を多用するのも、それだよな。
どこぞかの経営者が、「お金ではなく、お客様のありがとうの気持ちが目的なんです!」と言っていたが、実はこれは真実。
大企業の経営者ともなると、金はいくらでもあり、貧乏人の頭で思いつくような下品な贅沢はやろうと思えばいくらでもできてしまう訳で。
だからこそ、他人からの賞賛。感謝、愛。他には、さっきから言っているが、健康、寿命……。金で手に入らないものが欲しいんだ。
だから金持ちは、かなり運動しているぞ。
食事も健康的な物を選んでいるし、美容にも気を遣っている。
見た目は、この世界でも地球でも、基本的に金持ちの方が上だ。
昔のアニメみたいに、ハゲで不細工でデブな金持ちが、ギンギラギンの宝飾品を身に纏いながら葉巻を吸い、女を侍らせている!なんてことはない。
むしろ逆だ。
金がない奴ほど、太っていたり痩せていたりで不健康で、醜い。性根も見た目もな。
悲しいことにこれが真実である。
「露悪的だな」
そんな話をしていると、横からゼスが口を挟んできた。
「だが、真実だ。世の中はそんなものだ」
「お前はそうやって、いつも悲観的だな。世の中を悪い方に捉えている」
「世の中が良いものだと思っていたなら、申し訳ない。そんな訳ねぇだろボケという言葉を送ろう」
「しかし、もう少し、世の中や人間を信じて良いのでは?」
「周りの人間のことを信頼してはいない。だが、ランクの上下はあれども信用はしているぞ?」
「ほう、俺達のことも、信用していると?」
「多少はな。今回の雑魚散らしで、兵隊くらいにはなると評価も上げられたよ」
「評価、か。上から物を言うものだ」
「俺は他人を常に評価しているが、他人も俺を評価する権利はある。俺は雇用主であり、プロジェクトのリーダーだろう?被雇用者達は、辞職する権利があるし、俺に意見をすることも禁止している訳じゃない」
「そういうような話をすると、能力の高いお前が上に立つことになるだろう?それでは、八百長試合のようなものではないか?」
「人の能力を一元的に測ることは不可能だが、職能という意味では俺は上位になるだろうな。だが、できない奴に特別な理由もなく上役をやらせる、正当な理由が何かあるか?」
「……ああ、もう、やめておこう。お前はこの手の議論が強過ぎる」
議論でもなんでもなく、お前が甘いだけだと思うが。
まあ、俺がその思想の根源となるようなゲーム機を売り捌き、そういう感じのゲームソフトを売っているのも原因の一つか?
そりゃもちろん、販売しているゲームのストーリーは、俺からすればお涙頂戴のチャチでチンケなテンプレ話ばかり。
友情!愛!正義!みたいなの。
この世界、道徳観がなさ過ぎて逆に困るんだよな……。
不正はある程度あった方が世の中円滑に回るのだが、多過ぎると止まるんだよ。勘弁してくれ。
「……そろそろ頂上か?」
ホルマンが言う。
「ああ、そうだな」
「モンスター、上に行くほど強くなってるぜ」
「そうなのか?」
「ああ。まあ、新式魔法を使えば、対処できる範囲内だけどよ」
「やはり、強いか?新式は」
「強いね、今までのとは段違いだ。その分、制御が難しいし、対抗呪文という新しい概念も生まれたから、色々と難しくはあるけどな」
「そうか」
と、そんな話をしている、その時。
『グオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』
大地を震わす、と形容すべきような、大きな唸り声が聞こえたではないか。
「あ、ヤバいねこれ。僕の呪文……、周囲の動体を判別する魔法があるんだけどさ!!!」
ヘクターが、何事かを言っているが、唸り声が大きくていまいち聞こえない。
「何だって?!!!」
「めっっっちゃでっかい動体が来てるよ!!!」
「デカい動体?!!!」
「デカいの来てる!!!」
「どれくらいだ?!!!」
「もう来たよ、自分の目で見てごらん……!!!」
『ヒト、か……。ここまで来る存在は、久しくなかったものよ……』
ふむ。
ドラゴンだな。
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