第20話 セシリー女男爵の幼き日

「セシリー!どうして、オリバーとシャーリーとセラを連れてきたんだ?!」


「ち、違うのよ、ちい兄様!」


あうぅ……、怒られてしまったわ……。


ちい兄様は、おお兄様を信仰の域まで尊敬してるからだろうけど、おお兄様は、「柔軟性を維持しなさい」「旧弊に囚われてはならない」と言っていらしたわよ?


「この、『とうもろこし畑兼じゃがいも畑』のことは、秘密だって約束だっただろう?!何が違うんだ?!何とか言ってみろ、セシリー!」


カンカンに怒っていらっしゃるちい兄様。


でも私も、レイヴァン家の長女として、言いたいことがあるわ!


「ちい兄様!秘密とは言っても、いつかは存在を領民に明かすとおお兄様は仰られていたではないですか!」


「だが、それは今じゃなくてもいいだろう?!畑に人手が足りていないのは僕も理解してるさ!八歳の僕と、七歳の君と、六歳、五歳、五歳、四歳の兄妹七人!足りる訳がない!」


「ならば!」


「だけど僕も、村の中で少しずつ信頼できる繋がりを作っているし、最近ではエイダさんのところの弟妹達五人も増援に来てくれているじゃないか!」


「それでは足りないのです!それに、私達はまだ子供!大人達の力を借りるべきでしょう?!」


「だが!」


「ちい兄様!柔軟に考えましょう?今は、おお兄様の魔法の力で収穫も保存もうまくいっていますけど、再来年からはおお兄様は、王都の学園に行ってしまわれるのですよ?」


「………………」


「おお兄様は、一度王都に行かれれば、もうこの領地には戻って来られないでしょう。その時に領主となるのは、シリウス兄様!貴方なのですよ?」


「……ああ、そうだな。少し熱くなった、すまない」


ふう……。


ちい兄様は、おお兄様のこととなると、とても熱くなるから……。


ですが、冷静に諭せば聞いてくれる辺り、とても良い人間であるのは確かよね。


「な、なな、な……?!!お待ちください!!!」


あら?


家令のオリバーが騒ぎ始めたわね。


「この畑は何なのかと言うのもありますが……、何故、次期当主がシリウス様だと?!」


はぁ?


「当たり前じゃない。あんなに素晴らしい魔導師でいらっしゃるおお兄様……、エグザス兄様は、こんな田舎の何もない領地を継ぐ訳ないわ」


「し、しかし、貴族の慣習として……」


「じゃあ聞くけれど、魔導師の名門『ガードナー家』にあれ程までに認められて、王都の学園への推薦状と、入学のための助成金までも払ってもらえるおお兄様が……、王都に行って活躍なさるのは当然のことよね?」


「は、はい、それはもう」


「そうしたら、こんな田舎の騎士爵よりも上の貴族や、もしかしたら王侯の目に留まるわよね?そうなった時、国は、こんな何もない田舎のどん詰まりに、優秀な若き魔導師を置きっぱなしにするかしら?」


「そ、それは……」


「断言してあげる。そんなことは絶対にないわ。王都の偉い人達は、何か適当に理由をつけて、おお兄様を王都に留めるわ」


そうでなくても、私がもしもおお兄様ならば、王都からここへ戻ろうとは思わないわ。


何が嬉しくて、ろくにパンも食べられない貧しいこの領地に拘るのかしら?


「し、しかし、エグザス様の意志は……!」


「おお兄様だってそれを望んでいるわ。こんな田舎で一生を終えるなんて嫌だって。第一そんな器じゃないでしょう?私達のような凡人ならともかく、ね」


おお兄様のような、不世出の天稟であらせられるなら、それが当然よね。


こんな領地は、私達のような凡人の、無力な子供達にこそ「お似合い」だわ。


「……旦那様にもそう説明するつもりですか?」


はあ……?


「お父様?あぁ、居たわね、そんなのも」


すっかり顔を合わせないものだから、存在を忘れていたわ。


でもまあ……。


「お父様にはそこまでものを考える力はないわ。しばらくは名目上の当主として、騎士の訓練という名の棒振り遊びでもさせておきなさいな」


「な、なんたる……!」


膝をついて下を向くオリバー。


私は、オリバーの顎を掬い上げ、こちらに顔を向けさせる。


「良いこと、オリバー?……私達につきなさいな」


「そ、れは、旦那様を裏切れ、と?」


「あらあら、剣呑ね?何も、そこまでのことは言ってないのよ?ただ、何かあった時に、お父様よりも私達の味方をして欲しいの。それと、お父様が馬鹿なことをやらないように見張りもね」


「わ、私は……」


「オリバー……、貴方、息子さんは元気?」


オリバーの息を呑む音が聞こえたわ。


ふふ、そうよね。


私は知ってるもの……。


「可哀想よねえ……、貴方の息子さん。上の子はもう十七にもなるのに、お嫁さんももらえないんでしたっけ?下の子は小作人になるのかしら?無理もないわよねえ、余所者領主の家令の子だもの、畑ももらえないものねえ」


「あ、ああ……!」


「……あら?おかしいわねえ?ここに、管理人のいない畑があるわぁ?」


私は、わざとらしく畑を指差した。


「ふふふ……、見たことがないでしょう?これはとうもろこしという、遠いところの作物よ。痩せた土地でもよく育ち、穀物の代わりになるの」


「とうもろこし……、畑……!」


「しかもこれ、まだ国に見つかっていない、全く新しい穀物だから、税は取られないわ。これだけのとうもろこし畑があれば、領民が飢えることはないでしょうねぇ……?」


「……お、お願いします、セシリー様!息子達に、息子達に畑をください!」


「ええ、ええ、もちろんよ!私達は、私達に忠実な部下を裏切らないわ!」


よし、と。


それと……。


「貴女達もよ、シャーリー、セラ。自分達の愛する子供達を、余所者の田舎騎士の、従僕の子供……、という肩書きで終わらせたくないのなら、私達に従いなさいな?」


「「……従います!」」


うん!


良い子ね!






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ビルトリア王国偉人伝 抜粋


セシリー・フォン・ミュラー女男爵


 『魔神』エグザスを輩出したレイヴァン騎士爵家の長女。

 幼い頃から、長男であるエグザスの薫陶を受け、当時の一般的なものとは比べものにならないほどの高度な教育を受けていた。

 エグザスが集めた救荒植物である『じゃがいも』と『とうもろこし』の栽培法を普及した功績と、養蜂の技術の普及により、男爵位を授爵する。当時の男尊女卑的な風潮から、女性の身で授爵するというのはかなり異例の出来事である。

 また、現在は国内最大級の穀蔵地帯であるレイヴァン地方は、実は当時は『魔の森』と呼ばれる危険な未開拓地帯であったことは、あまり知られていない。

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