第22話 シリウス伯爵の幼き日
「うん……、素晴らしいよ、シリウス。僕が教えられることは殆ど教えたけれど、良くここまで学んだね」
「はいっ……!ありがとうございました、兄上っ!!!」
兄上が学園に行く半年前。
僕は、兄上にそう言ってもらえた。
兄上は、僕にとって神よりも尊ぶべきお方だ。
あらゆる事物に対して深い智慧を持って考察でき、国を富ませる知識を持ち、更には、魔の森をものともしない武力と、魔法の力までお持ちになっている。
ああ、兄上にお仕えできないのが口惜しい!
けれど、兄上ほどのお方が、このような辺境の田舎領主で一生を終えるなど、あってはならない。
それは、世界の損失だ。
今はまだ、このような田舎で燻っておられるが、王都の学園に行けば、すぐにでも世界にその名声が轟くだろう……。
僕に……、いや、私に出来ることは、無能な父をとっとと引退させて、私がこの領地を富ませることだ。
幸いにも、家中の掌握は終えている。
家令のオリバーと、その息子にして次期家令のジャンは、既に私のしもべだ。
メイドの子供達もうちで雇い入れると約束をしてやったし、兵士達もその息子達全てに畑と仕事をやれば、喜んで父を裏切ってくれた。
結局、父のような、領民に食わせていく能力のない領主は、このようにして裏切られるのだ。
国同士どころか、同じ国の貴族同士で争うこの世の中で、どうして自分が裏切られないと思える?
父はそれが分かっていない。
こうして私は、家人の子と兵士の子ら、口減らしに売られた村人の子らや流民、総勢二百人ほどを雇い入れ、それらを、兄上に作っていただいた隠し畑で養った。
領民は、支配者がどんな者かなどどうでもよく、ただ自分が食っていければそれで良いのだ。
翻って、自分達を腹一杯食わせてくれる支配者だと思われれば、命懸けで戦ってくれる……。
こんな簡単なことを理解できない父は、やっぱりダメだな。早く切らなくては。
兄上が学園に行った。
そして、森にかけていらした魔法も解かれた。
村は騒然となった。
見慣れぬ畑が、大きく開墾された魔の森に広がっているのだから。
そこに、私が、今まで訓練しておいたクロスボウを持つ兵士、『猟兵』を四十人ほど並べてこう言った。
「鎮まれ!私は、新たなこの地の領主の、シリウス・レイヴァンである!」
すると当然、村人達はざわめいた。
今こそ、兄上に教えていただいた修辞術の使い所だ。
「よく聞け、領民よ!先日、我が兄のエグザスは、王都へと旅立った!もう二度と戻ってくることはない!」
そう、もう二度と。
「魔導師は普通、このような田舎ではなく、大きな都市で強い貴族に仕えるものだ!ここにはもう、戻ってこない!!!」
だが……!
「だが!兄は、残された領民が心配だと、沢山の畑と家畜を魔法で確保して、我々に残していって下さった!」
兄の株を上げよう。
これから、天高く飛翔する兄に、領民を見捨てたなどというくだらない汚名は要らないのだ!!!
「そして私、シリウス・レイヴァンは、兄エグザスにこれらを託されたのだ!」
「「「「おおおっ!!!」」」」
よし……、では。
「領民よ!私に従え!さすれば、飢えぬように配慮しよう!だが従わぬ者は、ここで討ち取る!」
ざわめきが広まる前に、叫ぶ!
「さあ、選べ!我が父に従い死ぬか!私の下で働いた分だけ食えるようになるか!」
「「「「お、おお……!」」」」
「お、俺はシリウス様につく!」
「俺もだ!見ろ、あの肥えた家畜を!」
「私もよ!」
ふふふ……、まあ、そうだろうな。
新しい畑では、食糧が余るほどにとれるので、家畜にまで食わせているのだ。
それ以外にも、休閑地にて家畜の餌になる作物を育てる新たな農法で、家畜を腹一杯食わせているからな。
冬の度に家畜を潰さずとも、食わせていける。
また、数多くの種類の作物を作ることで、どれか一つが不作でも、他の作物で補うことができるというのもある。
そして、肥えた家畜の糞を堆肥とすれば、畑が富むと言うもの。
全て兄の教えだ。
ん……?
「シリウスッ!!!何をやっている!!!」
おや……、父親のお出ましか。
「おやおや、父上。お早いお越しで」
「ふざけるな!謀反など許さんぞ!」
「謀反……?これは異なことを仰る」
私が指を弾くと……。
父の連れている兵士全員が、父に剣を向けた。
「貴方以外の全員が私の味方なのだ。体制に反抗する謀反人は、むしろ貴方なのですよ」
「き、貴様ぁ……!」
「まあ、無能の貴方でも、一兵卒として養うくらいは御約束しますよ。剣を捨てて降伏しなさい」
「何を馬鹿な!子供に頭を下げる親がいるか!大体にして、次の当主はエグザスだ!!!」
こいつ……!!!
「貴様が!貴様が『そんな』だから、我々と兄上が苦労したのだ!何故分からんのだ、能無しめが!!!」
「なっ……?!!」
「聞けば、兄上は僅か三つの頃から魔法が使えたそうだ……!貴様がこの領地に縛り付けようなどとせねば、兄上は何年も前に、王都で雄飛なされておったわ!」
「そ、そんな」
「至高の天稟をお持ちであられる兄上の人生を無駄にした罪は重いぞ、貴様!」
私のことを指して、領主たる能力が足らないと言うならばそれは良い。
だが、この期に及んで、兄上が当主だと?
この糞のような騎士爵家の当主だと?!
馬鹿にしているのか、この無能は!!!
「な、何が苦労しただと?!毎日、エグザスや弟妹達と遊んでいたお前が!!!」
は……?
こいつ、気付いていなかったのか?
……どれだけ、どれだけ馬鹿にすれば気が済む?
「ふざけるなよ、下郎が……!」
「下郎だと?!親に向かって、下郎と言ったか?!」
「親?親だと!貴様こそ、私達に向かって親だと言ったか?!」
ふざけるな、ふざけるな!
「貴様が、騎士の矜持がどうこうなどと言って、下らぬ棒振り遊びに興じている時、我ら兄弟がどれほど飢えていたかも知らぬのか?!!」
「棒振り遊び?!貴様!騎士の訓練を!」
「ごく稀に盗賊やはぐれゴブリン程度が来る程度の寒村で、盗むものもろくにないこの村で、何が騎士の訓練だ!まず親として、子を飢えさせるんじゃない!お前が訓練と称して遊んでいた時に、飢えた私達が何をしていたと思う?!!」
「そ、それは」
「兄上に習って、獣の捕らえ方や、畑の耕し方を習っておったのよ!我々を育てたのは貴様ではない!兄上だ!兄上のお陰で、私達兄弟は飢えずに生きられたのだ!!!」
そう、そうだ。
全ては兄上のお陰だ。
勉学も、作法も、狩りも、畑のことも、全て兄上が教えてくださった!
私達兄弟の親は、兄上なのだ!
「領民どころか家族もまともに食わせられぬ無能が、今更何を吐かす?!もう良い、どこぞなりとも消えよ!」
「き、貴様……!い、一騎討ちだ!貴族ならば、作法に則り……!」
馬鹿が……!
まだ吐かすか!
「もう良い。猟兵隊……、放て」
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ビルトリア王国偉人伝 抜粋
シリウス・フォン・レイヴァン伯爵
魔神エグザスの弟だが、その名は魔法史よりも戦史の方で有名である。
その名が初めて戦史に現れるのは、王暦274年の事である。当時、ビルトリア王国の北東に存在した国家であるアドン魔導国との戦争、『ハナソニカの戦い』にて、シリウス(当時は騎士爵)の率いる四十人の『黒兎猟兵隊』が、危険な『魔の森』に身を隠しながら進軍し、アドン魔導国の後方部隊に電撃的な強襲をかけ、軍の大将である『ザボア・ツェン・ザッカーバーグ侯爵』を討ち取ったのだ。
この、少数精鋭を以て、進軍が困難な地形から後方に強襲攻撃をかけるという戦法は『精兵奇襲』と呼ばれ、後世でも語り継がれている。
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