第19話 景義、義景と矢を交えること

 すでに鎌倉は、義朝の兵によって占拠されている。


 景宗らは由比の総領屋敷を捨て、大庭館に移っていた。


 三郎丸の大胆な行動を知り、その説得を聞いてなお、父景宗は坂東諸氏連合に参加することを渋った。

 源家の長子とはいえ、若い義朝に好き勝手にされるのは、我慢ならなかった。

 景宗は、京にいる相模国守や、伊勢神宮に助力を求めた。

 しかし時すでに遅く、都にまで義朝の手は回っていた。


 そうこうしているうちに、十月かんなづき二十一日、稲の収穫が終わると同時に、義朝の連合配下の中村一族が、相模川を越えて西から侵入した。


 あわてて防戦に当たった鎌倉一族の背後を突く形で、三浦一族が東から、ふたたび鵠沼郷に乱入した。

 国衙兵を名乗る三浦中村の兵団は、おおよそ一千騎。

 そのなかには義景の姿もあった。


 義景は、十六歳の権五郎が奥州で身につけていたという、伝説の鎧を身に纏っていた。

「戦機は一度きりぞ。婿どの、逃すなよ」

 三浦大介にけしかけられ、応ッと、義景は勇んで駒を進めた。

 敵陣に見える大将の、豊田景宗……今は、大庭景宗と名乗っているその男を射殺そうと、得意の大弓を狙いすまし、虚空にむけ、高々と遠矢を放った。


 ここに鎌倉一族のなかから、一本の激矢が唸り出た。

 相対する二本の矢は空中で、二匹の蛇のごとく縄縛じょうばくしあい、雷鳴のごとき唸りをあげて、大地に堕ちた。

 答の矢を射返したのは、景義であった――


「平太ァッッ」

 怒りに眼をつりあげた義景は、突入の号令を下し、両軍は激突した。

 義朝軍の猛攻に押され、景宗軍は一時、鵠沼郷を撤退。

 景宗は長尾、梶原などの鎌倉一族、さらには金子かねこ愛甲あいこうなど、友軍を結集して防戦した。


 戦況は義朝方が終始優勢のまま、鵠沼の神館から九十五町分もの稲、収穫物、さまざまな財物を奪い、意気揚々、鎌倉へと帰還していった。



「波多野はなぜ動かぬ?」

 景宗の必死の救援要請に、波多野一族は答えなかった。

 波多野ばかりか、相模武蔵の多くの領主たちから、音信がなかった。


 ――砂塵うずまく大庭野に、両軍は対峙した。


 義朝軍のかたから、ひとりの大柄な男が現れ、ややこわばった顔つきで、景宗軍のほうに歩み寄ってきた。

 はかまの腿が、野づらの風にばたばたと強くはためいている。

 見れば、波多野一族の嫡男、波多野次郎義通であった。

 ……有常の祖父であるが、この時は、まだ若い。


「波多野殿……」

 景宗は馬からおりた。

「豊田殿。波多野はすでに源家と結んだ。悪いようにはせぬ。貴殿の安全は、この私が保証する。談判の席についていただきたい」





 差し向かう両軍の中央に、ついに談判のための桟敷が設けられた。

 景宗は屈強の配下を引き連れ、この席についた。

 義朝側には、三浦大介義明、中村宗平……国府において互いに見知っているそれらの顔を、景宗は眺めまわした。


「坂東諸氏連合、盟主、源太げんた義朝である」

 義朝は人々のなかでは一番、年若であった。

 ……にもかかわらずその態度は、物怖じするどころか、ふてぶてしいまでの自信に満ちあふれている。


「坂東諸氏連合の概要は、先に伝えた通りである。鎌倉一族の連合への加入。了承いただけるなら、先にわれわれが奪った莫大な量の収穫物はすべて返そう」

「……」

「なにを迷う? 迷うことはあるまい」

「土地の境のことを定めぬうちは、なにごとも了承できぬ」

「……なるほど。もっともだ」

 義朝はうなずくと、地面に広げた相模国の大絵図の上に、しるべの石を置かせた。


「大庭御厨の境は、貴殿の要望どおり……東は、鵠沼を含む境川。西は、香川、殿原を含む神郷以東。北は大牧崎。南は海。……これを子孫代々にわたって認めよう。

 さらには高座たかくら郡、鎌倉郡における鎌倉一族の領地も、従来どおり、認めよう」

 話がうますぎる……景宗は油断せぬ目つきで、義朝の真意を探った。


 義朝に代わり、三浦義明が言葉を継いだ。

「その代わり、われらが欲するは、大住おおすみ郡……」

 義明は絵図のその場所を、軍扇でコツコツと叩いた。

「岡崎」

「ムム……」

 景宗は渋い顔をして、三浦義明を睨みつけた。

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