第85話 景親、平家に驚嘆すること
その
待ち受けていたのは、驚愕の日々であった。
「……あの船は、何処から……」
「ソウだ」
さも当たり前のように、清盛は答えた。
(ソウ?)
景親がその言葉の意味を理解するのに、しばらくの時がかかった。
ようやく気づいて、唖然とした。
(『宗』……
けたたましく
鬼か、物の怪か……景親は硬直したまま、世にも珍しい異人たちの挙措を、怖れと好奇心の入りまじった瞳で、飽くことなく眺めつづけた。
これより後、景親は船津にただよう潮と太陽の匂いを
◆
清盛の大邸宅におもむけば、そこには海をわたってきた数々の美術品が整然と並べ置かれていた。
揚州の黄金、荊州の宝珠、呉郡の綾織物、蜀江の錦、陶磁器の名品、絵画の名品……いずれも精美を極め尽くしたものであった。
七珍万宝のまばゆいばかりの輝きに、景親の
「今、製作している経巻物を見せてやろう」
と、清盛が言った。
(……この数々のきらびやかな宝物を見せられた後で、経の書かれた巻物など、つまらぬことよ)
景親は思ったが、賢く黙って、清盛の後についていった。
すでに屋敷のうちは、とっぷりと宵闇に
長い長い
――辿りついた場所は、暗闇の大広間である。
雑色たちが処々の高灯台に火を点すと、無数の長机が、夜の舟のごとくに浮かびあがった。
「ここは工房だ。昼間、ここで職人たちを働かせている。製作はもはや、最終の段に入っている。見てみよ」
長机の上にはそれぞれに巻き物が広げられている。
そのひとつに近づいた景親は、アッと声を呑み込んだ。
燭台の光のもとで、広げられた巻物からは色と光があふれかえり、渦巻く大波となって景親の
その万華の色彩の、なんとあざやかなこと――
美姫たちが
趣きある山水が、緑ゆたかに匂っている……
仏が紫雲に鎮座し、神女が風と舞っている……
極楽の蓮華が、泥濘のなかから抜きんでて、自由自在に咲き誇っている……
これらの絵画の素晴らしさもさることながら、画面の紙もただの紙ではない。
黄金の雲がたなびき、百花繚乱するその上から、経文は、輝ける多色の墨で
そればかりではない。
巻物の軸もまた、精緻な工芸品であり、両端に神秘的な水晶球を抱いていた。
軸の細工は一巻ごとに異なるが、あるものは黄金の
またあるものは、水晶が五輪塔に
あるものは、軸先が炎の形を成している。
外題には、謎めいた異国の文字が躍り、神秘的な音律を、耳の奥に予感させた。
「すべてにおいて、最高の素材を用い、当代一流の技を備えた職人を集めた」
清盛がそう言うがごとく、巻物は全部で三十余巻、一巻ごとに異なる素材と意匠を用い、才能と財力とを惜しみなくつぎこんで、瀟洒にして絢爛豪華、華麗なる幻想美を実現していた。
「これらの経巻物は、私が特に崇拝する、
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