第48話 星月夜の御方、屋根に登ること

 そうしているところへ、背後から意外な声がかかった。


「想像以上に、よい眺めですね」


 男たちはふり返って、わっと驚いた。

 ……なんとそれは、星月夜の御方であった。

 小袖こそではかまに着替え、たすきがけしている。

 梯子の下では老女房が、「御前サマァ」と、頼りなげな声をふるわせている。


 御前本人よりも、男たちのほうが青ざめた。

「御前様……」

「どうか慎重に……」

 景義と西行はふたりして、御前の体を左右から支えた。

 そのほっそりとした体が、こまかくふるえていた。


「まあ、こんなところに大きな穴が……」

「ええ、とりあえずこの穴を塞ぎます。危のうござります。すぐにお降りを……」

「まあまあ、平太殿、お聞きなさい」

 御前は気丈な顔をつくり、若者をさとすように言うのだった。


「『鎌倉では、大庭のご長男に、雑人のように雨漏りの修理をさせた』などと噂になっては、また新たないさかいの火種になりましょう。私も一緒に屋根に登ったのだ、そして一緒に協力して雨漏りを直したのだ、ということであれば、悪い噂は立ちますまい。それどころか、これからの鎌倉一族のあり方というものを、一族の者たちに示すことができます」


 ……理知きわまるこの言葉に、景義も西行も恐れ入りながら、御前の顔を見つめるのだった。


 御前は目を細め、にこやかに笑って、ふっとため息をついた。

「まったく殿方というのは羨ましいもの。このような屋根の上から、よい景色をひとりじめにして。たまには私にも、このような眺めを味わわせてください。それでなくとも、殿方たちは、奥州へ、都へ……軽々と、大きな翼を羽ばたかせて高名を馳せるのですから」


「御前……」

「いえいえ、哀れんでもらう必要はありません。私はこの鎌倉で過ごした一生を後悔はしておりません。鎌倉権五郎の娘として、堂々、立派に生きたつもりです――」


 三人は身を支えあいながら、どこまでも沖へと広がりゆく鎌倉の海に、目をむけた。

 景義も西行も、若い胸を吹き抜ける潮風に、さわやかな感動を覚えるのだった。

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