第18話 大庭の三郎丸、義朝に会うこと




   二



 鎌倉、亀谷かめがやつたて――


 赤地錦あかじにしき直垂ひたたれを着た義朝が、文机ふづくえに向い、国守宛てのふみを整えていた。

 生気と才気がみなぎる大きな肉体には、ちいさな文机ふづくえがあまりに似合わない。


 雑色ぞうしきが来客を告げた。

 その客は、見たこともない稚児ちごいの少年だという。

 義朝は筆を放り出し、会ってみることにした。


「そなた、誰じゃ」

 縁の上から義朝が尋ねると、庭に通された少年は、毅然とした態度で答えた。

「大庭の三郎丸」

 つぶらな瞳が、才知あふれんばかりに強く輝いている。


 三郎丸は物怖じもせず言った。

「あなたの手下が私どもの大庭御厨に乱入して、たいへん困っております。すぐさま兵をお引きください。大庭御厨は伊勢大神宮の御神領。このような乱暴を働いたと全国に知れわたれば、源家の名がすたりまするぞ」


「俺に説教する気か、小僧」

 凄みをきかせた義朝の声色に、さすがの三郎丸も怖気おじけづき、冷や汗がどっと脇を濡らした。

 だが三郎丸はただの子供ではなかった。

(恐れてはいけない)

 もし自分が臆病な様子を見せれば、義朝は即座に自分を害するだろう――そう考えた三郎丸は、わざと胸を張って、下唇に力をこめつづけた。


 そんな少年の様子を、義朝は黙って見つめ、心中を推し測った。

「どうして俺の兵だとわかった?」

「大人たちが話をしているのを聞き、自分で考えました。あなたが裏で糸を引いているらしいと……」

(供も連れずに)

 おもてに恐ろしげな顔を作りながらも義朝は、この勇気ある少年に興味が湧いてきた。


「いいか、三郎丸。お前の親父は俺の再三の通告にも関わらず、俺の要求を飲むことを拒んでいる。だからこのような仕儀とあいなった」

「要求とはなんですか?」

 義朝は濡れ縁にどっかり尻をおろすと、三郎丸に隣に座るよう命じた。


 雲ひとつない高い空に、巨大な鷲がただ一羽、悠然と弧を描いている。

「俺には夢がある。壮大な夢がな」

 そう前置きして、義朝は東国の現状を語りはじめた。


 東国の地は、都から四年ごとに赴任する国守によって、常に利害関係が変化し、住人たちは安定した生活を送ることができない。

 また、国守のなかには、権力に任せて暴利を貪ろうとする連中もいる。

 ……あるいはまた、領主間の争いを調停する者がおらず、一度合戦が始まれば、大切な田畑と民とを互いに潰し尽してしまう。

 報復に報復を重ねながら、永久に争いつづける。


「そうした馬鹿げた羽目に陥らないようにするためには、坂東諸氏による強力な連合が必要である」

 義朝は、言う。

 坂東の諸氏は、かつて源家の旗のもとに集い、奥州遠征を果たした。

 今また、その直系である義朝を中心に統一された連合を作れば、坂東諸氏は強大な軍事力のもとで、安定した生活を営むことができる。


「わかるか、三郎丸。俺は坂東諸氏の連合を創り出そうとしている。これに加わる者には公平に利益を分配する。これに反する者はどんな手を使っても叩きつぶす。それもみな、俺ひとりのためではない。坂東諸氏のためなのだ」


 三郎丸はたちまち大人びた表情になって、賢く考えを巡らせた。

「鎌倉一族が連合に加われば、鎌倉や大庭御厨をはじめ、一族の今の所領は安堵あんどされましょうか」

「うむ、約束いたそう」

「ならば、父を説得いたします。すぐに兵をお引きください」

「よかろう。すべてはそなたの説得次第だ」


 義朝は三郎丸の背中を、どん、と大きなてのひらで叩いた。

 少年は気まじめな顔で一礼し、亀谷の館を出ていった。





 夕刻になって、東の沼浜ぬままの館で騒ぎが起こった。

 ……義朝の長男、四歳の源太丸の姿が見えないという。

 若い母親は取り乱し、方々を駆けずりまわった。


 報せを受けた義朝は、平然と言った。

「源太丸は生来の横着者ゆえ、熊と相撲でも取りに行ったのじゃろう」


 源太丸を捜索していた家中のものが、一枚の置手紙を見つけてきた。

 開いてみると、そこには小癪こしゃくなまでに美しい文字で、こう書かれていた。


『三郎丸は年若にて、未だ力なき者ゆえ、源殿と三郎丸との約束は、公平な約束とは申せませぬ。ゆえに、源太丸殿をしばらくお預かり致します。約束の叶った暁には、無事お返しいたしますれば、ご安心くだされそうろう。大庭三郎丸』


 義朝の顔はみるみるうちに憤怒のあけに染まり……だがそれも一瞬のこと、今度は腹の底から大笑した。

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