第25話 毘沙璃、舞を舞うこと

(毘沙璃……)


 花を透かす、あざやかな藤色の光のもとで、女のすべらかな肌はなおいっそう白く冴え、頬のみが上気して、燃えるようなくれないに染まっている。


 ときに凛々しく、ときにやさしげに……

 しずかに、ひるがえっては、荒々しく……

 厳粛な型を見せたかと思えば、のびやかに、おおらかに……細い肢体をなめらかに泳がせる。

 もはやそのからだは、かぼそい少女のものではなかった。

 ふっくらと瑞々しい、ゆたかな房咲ふさざきの花であった。


 景義の口から、切なく苦しいため息が、抑えきれぬ塊となってほとばしり出た。

 かれは恍惚のとらわれ人となって、天女の羽衣はごろもを盗むような気持ちで、毘沙璃の美しい舞い姿をむさぼりつづけた。


 仲間どうしで鼓を打ち、舞を舞っているのだろう。

 天にかざした舞鈴まいすず、玉を転がすような鼓の音、ふたつの異なる音色が絶妙に響きあい、絡みあってゆく。

 かすかに伝わる、きぬずれの音、そして、熱い吐息のほとばしり……。


 女性にょしょうのなめらかな動きが変化するたび、それに感応するかのように、鳥たちがひそめく。

 松の葉ずれ、藤の花ずれが、さわさわ、さわさわ、うしおのように高まりながら押し寄せてくる。

 舞は絶頂を迎え、やがて不思議の水中の世界から、ゆったりと浮かびあがるがごとくに、しずかに果てた。


 ――沈黙、静寂――


「素晴らしい舞でした」

 思いも寄らぬ男の声に、景義は飛びあがって、我に返った。

 背中から、冷や水を浴びせかけられたかのようだった。

 てっきり、鼓の打ち手は、巫女仲間だと思いこんでいた。

 ……丘のふもとにつながれていた馬の、豪華な螺鈿らでんくらが、ぱっと目の先に甦った。


「私にはあなたのような女性ひとが必要です。いつまでも私のそばにいてください」

 烏帽子の男はうっとりと囁くように言って、巫女の白い手を両手のうちに包みこんだ。

 それは、愛の光景にも似ていた。


 逆上した景義は、ふたりのあいだに飛び込んだ。

 顔が見えたわけでもないのに、その男が誰だかわかってしまった。

「三郎ッ、貴様、この人に触れるな」

 景義は、弟の水干の胸元をつかみあげた。

 突然の兄の出現に驚き、三郎景親は声も出なかった。


「平太、その人をお放しなさいっ」

 毘沙璃の叫び声が、耳のはるか遠くに聞こえたようだった。

 だが景義は手を放すどころか、いよいよもって弟の喉首を締めあげた。

 弟のほうが兄よりも背が高かったが、力は兄のほうが上だった。


「三郎、いいか、よく聞け。この人は神聖なかたなんだ。おまえの汚い手で軽々しく触れていいお方ではない。今度このようなことがあってみよ。私が天に代わり、貴様を絞め殺してくれる」


 三郎が苦しみの呻き声をあげた時、毘沙璃は勇ましくも兄弟のあいだに無理やり押し入って、景義の頬を平手打ちにした。

 景義は思わず両手を放した。

 三郎は、二歩、三歩、うしろによろけると、うずくまって咳込んだ。

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