第13話 平太丸、夢解きを教わること

 それから平太は毎日のように、参拝と称し、鵠沼の神明宮に出かけた。

 そのじつはもちろん、毘沙璃に会うためである。


 今日の毘沙璃は、花柄の小袖に、あざやかな朱華はねず色のうちきをまとって、いつにも増して可憐であった。

 そしていつものことながら、目の焦点がわずかに合っておらず、どことなく魂が半分、体から抜け出ているかのような……地面から体が一寸ほど浮いているような、言いようもない不思議な雰囲気を漂わせている。


「まあ、また怪我をして」

 目の上に巨大なたんこぶを作った平太を見て、毘沙璃は呆れるように言った。

「今度はどうしたの? また父上に?」

「いいや、喧嘩じゃ。おととの次郎丸が助けを求めてきたから、加勢に行ったんじゃ。川原でブンブン石を投げあってたら、そのうちのひとつが頭にガツッと来たんだ……」

「まあ喧嘩なんて――。わたし、そういうの、大嫌い」

「………」

「いつかたいへんな目に会うわ。つまらない喧嘩はやめなさい」

「しょうがないんじゃ。男にはやらなきゃいけない時がある」

 平太は分別くさく、ため息をついた。

 毘沙璃も、あきらめのようなため息をつくと、

「さすがは武者むさの子ね……八幡はちまん太郎はおそろしや……」

 と、流行はやり歌の文句をつぶやいた。


「それよりも、いつものあれ、教えておくれよ」

「夢解きのこと?」

「そうそう」

 たんこぶの下の大きな目玉を輝かせ、平太は毘沙璃の端正な顔を見つめた。

「どんな夢を見たの?」

「『元気のいい犬と、たのしく遊ぶ夢』」

「その犬は、あなたの『体』ね。体がとても調子がいいってこと。今の生活をつづけるといいわ」


「じゃ、うちの雑色たちが話してたんだけど、『目玉がころがり落ちる夢』ってのは、どう?」

「人生の潮目が変わるってことよ。運の悪かった人は、運のよい人に変わるわ」

「ふうん。じゃあ、『酒を飲む』のは?」

「酒を飲むのは、今、あなたが酔っ払って、正体を失っているということ。それでも酔いは、必ず醒める。酔いが醒めたとき、あなたは真実のあなたになるの」

「ふうん……」

 毘沙璃がすらすらと答えるので、平太は舌を巻いてしまった。


「夢に興味があるの?」

 聞かれて、平太はうなずいた。

「夢のなかでは、思っても見ないことが起こるだろう? だから、なんかわくわくするんだ」

「私も、おんなじよ」

 少女は目を細めて笑った。


 平太は毘沙璃から神仏の世界のことを熱心に学んだ。

 仏道によれば、現世のすべての出来事は、前世ぜんせ宿業しゅくごう因縁いんねんから成り立っている。

(父上がオレのことを嫌うのも、前世からの因縁じゃろうか?)

 ……平太がそのことを尋ねると、「さあ、どうかしら?」と毘沙璃は首をかしげた。

「毘沙璃の父上は?」

「わたしは父の顔も、母の顔も、知らない」

「そうなのか……」

 まずいことを聞いた――困り顔をした平太に、毘沙璃は憂い顔も見せず、かろい調子で打ち明けた。


「わたしは幼い時、ここの鳥居のたもとに捨てられていたの。お宮の人が見つけた時には、熱病にかかって死にかけていたそうよ。高熱がひどすぎて、婆さまは、ほとんどあきらめかけてたんですって。

 でもよく見ると、わたしの頭の上に阿弥陀仏あみだぶつのお姿が見えたそうなの。婆さまは阿弥陀さまに熱心に祈ってくれて、そのおかげで、わたしは命をとりとめた。

 遠い異国のお話に、『毘沙璃びさり国に住む病気の娘が、阿弥陀さまに救われた』という話があるのよ。それにちなんで、わたしは『毘沙璃』と名づけられ、このお宮で育てられたの」

「へぇ……」

「だから私の命は、天からの預りものなの」


 そう言ってから、毘沙璃の声は突然、秘密を打ち明けるような囁き声に変わった。

「婆さまほどじゃないけど、わたしにも未来を見通す力があるわ。教えてほしい?」

 平太はおっかなびっくり、うなずいた。


 毘沙璃は、長いまつげを閉ざした。

「今、見えるのは、わたしたちふたりのこと。あなたとわたしのあいだには深い因縁があって、今生でもお互いを助けあうの。

 私たちは協力して、後世にまで残る、ひとつの大きな仕事を成すのよ。あなたは必ず、鎌倉一族のあるじになるわ」

 平太はびっくりして笑い転げた。

 毘沙璃のことを、無知だと思った。

「まさかッ。一族の総領は、本家の御曹司の太郎丸が継ぐことになってんだ。オレが一族の主になるなんて、万にひとつもありえない」


 聞いていないかのような遠い目をして、毘沙璃は、彼方の虚空を見つめていた。

 彼女の透きとおったとび色の瞳には、大空と雲の景色が写りこんで、その先には、まだ誰も見たことのない未来ゆくすえの世界が見えるかのようだった。

「あなたは必ず鎌倉の家を継ぐことになるわ。だから、心と体を鍛えることを怠ってはなりません。他人の喧嘩に加わるよりも、喧嘩を仲裁できるような、立派なにお成りなさい」


(オレが鎌倉の家を継ぐって? 本当だろうか?)

 疑心いっぱいに、平太は毘沙璃の顔を見た。

「信じていないのね」

 少女は突然、怒りに眉をひそめ、境内の外を指さした。

「信じられないのなら、帰りなさい」

 平太は驚きあわてて、弁解した。

「自分を鍛えつづけるよ……立派なつわものになるために」


 毘沙璃は子をあやすように、平太の頭を撫でた。

 そして平太が立派なつわものになれるよう、毎日神仏に祈ってくれることを約束した。

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