第4話 平太丸、地獄めぐりのこと
二
数年後……
青々と広がる草原を、風のうねりに身をまかせ、真っ黒に日焼けした少年が馬を走らせている。
掛け声も勇ましく、赤土を高く跳ねあげて自由自在に駆け巡る。
その後から、裸の
「平太っ、平太丸っ」
と、みなが馬上の少年の名を呼ばわりながら、汗を飛ばし、足裏を真っ黒にして、元気いっぱい駆け抜けてゆく。
馬をおりた平太のところへ、仲間たちがはしゃぎ顔で集まってきた。
みな、馬に興味津々である。
「でかいのう……」
「こわやこわや」
平太は、「なに、こわいもんか」と馬の顔を抱き寄せて、塩を舐めさせてやった。
馬がおとなしいのを見て、安心した小童たちは手を伸ばし、栗色の肌にそっと触れてみた。
すべらかな毛並みの肌が、意外なほどに熱かった。
突然に、ぶぅーーっと、馬が鼻息を飛ばしたので、みんな一斉に悲鳴をあげて飛んで逃げた。
あはは、と平太は笑って、小袖を脱ぎ、上半身だけ裸になった。
仲間を集め、木の枝を使って土の上に絵を描きはじめた。
「また新しいのを考えてきたぞ。題して『地獄めぐり』じゃ」
平太が考えてくる遊びは、いつもおもしろい――童たちは集まって、興味津々に砂絵をのぞきこんだ。
「まずはこの岩壁――これは地獄の絶壁じゃ。こいつをエッサホイサ登る。そこから大楠まで行く。大楠には縄を結びつけておいたから、それを使って頂上まで登る。頂上に仏さんがいるから、ナンマンダと三回唱える」
「仏さん……?」
「屋敷の持仏堂から、こっそり仏像を持ち出して来たんじゃ」
と、平太は声をひそめて囁いた。
「ばれたら
童たちは怖れ、呆れかえったが、平太は気に留める様子もない。
あっけらかんと、自分の計画に夢中になっている。
「そのあと、木から降りて、トゲだらけの
この丸石はのう、『地獄に迷いこんだ赤ん坊の魂』じゃから、オレたちはこれを救ってやらねばならぬ。ひとりひとつ、必ず岩を担いでゆくのじゃぞ。
道に沿ってどんどん走って行くと、丸太橋があるから、そこをわたる。丸太の下は底なし沼じゃぞぅ」
平太がケッケッと笑いながら
「……最後に、ここに生えてる桃をもぎって、一本松の根元の地蔵さんにお供えする。『赤ん坊の魂』も、地蔵さまにお預けする。そこまで行ったら、俺たちもようやく地獄から逃れ出ることができるんじゃ。みんなわかったな?」
「平太、この桃の生えてるところって、『
「そうじゃ」
平然と答える平太に、童たちはまたもや可憐にざわめきたった。
生目の老婆は、子供嫌いと癇癪もちで、有名である。
「大丈夫なのか?」
「庭に近づいただけで、怒鳴りつけられんだぜ……」
弱気になる仲間たちを、平太は励ました。
「だからおもしろいんじゃ。おばばは地獄の獄卒じゃ。獄卒の鬼に見つからんように、宝の桃を手に入れるんじゃ。想像してみろ。宝の桃は、たぁっぷりと汁がしたたって、とろけるほどに
口のうまい平太に煽られると、童たちはみな、なんとなく乗り気になり、ついにはこれからはじまる冒険にゾクゾクするような興奮さえ覚えるのだった。
「よし、いこう」
平太を先頭に、童たちは笑い叫びながら、いっせいに駆け出した。
時には助けあい、時には擦り傷だらけになりながら、どんどんと地獄の難関を越えてゆく。
「この地獄の川は、炎の川じゃ。ゴウゴウゴウゴウ、はげしい炎が噴き出してくるぞ。落ちたら体が真っ黒に燃えちまうぞ」
平太が叫ぶと、童たちはすぐその気になって「あちちっ」「足が燃えそうじゃ」なぞと、はしゃぎながらふざけまわった。
そんなふうに、しじゅうわくわくした気分で、地獄の道のりを走りとおした。
ついに、生目のおばばの庭まで来ると、童たちは草陰に息をひそませた。
「どうする? 平太」
「すけ丸、お前は目がいいから見張り役じゃ。いいか、おばばの姿を見たら、すぐに知らせるんじゃ」
「はい」
「みんなですばやくあの桃の木の下まで行って、オレが木に登る。オレと背の高いつる丸が、みんなの分をもぎとって、みんなに桃を渡していく。いいな?」
「わかった」
「『赤ん坊の魂』は?」
「とりあえず、ここに置いて行こう」
「よし」
「行くぞ」
平太は、あっというまに木の股によじりのぼった。
「くわぁーっ、この香り、たまんねぇ」
「コリャーーッッ」
「いかん、逃げろ」
平太は木の股から飛び降り、悪童たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「あ」
まだちっちゃな弟の次郎丸が、足をつまづかせ、砂の上に転がった。
真っ先を走っていた平太は舌打ちすると、駆け戻って助け起こし、次郎丸を逃がした。
そんなこんなでもたついている間に、平太は、おばばに首根っこを掴まれてしまった。
生目のおばばは、おばばとは思えぬほど足腰が達者である。
「くぉのクソガキが、人んとこの大切な桃を」
「いや、聞いてくれ、おばば。実は母上が病にかかってしまって、その母上に届けようと……」
「嘘こきやがれッ」
ゴツンと、火花が散るほど頭をなぐられた。
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