第3話 鎌倉権五郎、神館に笑うこと

 その夕刻――


 神館かんだちの一間で、権五郎翁はひとりの老婆と対座していた。


 老婆は神館の巫女で、未来を見通すというその神通力じんつうりきは、国中に評判が高い。

 長年のつきあいで、権五郎もよく、その人となりを心得ていた。


「どうじゃ、ばば、赤子を見たか」

 会うなり、孫の太郎丸のことを尋ねた。

 この老婆は、これまで数えきれぬほどの人々の運命を予見してきた。

 奇怪な金壺かなつぼまなこのなかに紙燭しそくの火を妖しくかぎろわせ、老婆はこくりとうなずいた。


「で、どう思うた。わしの嫡孫たりうるか」

 老婆はもの思うように宙を見つめ、ひとこと、「さあ……」と首をかしげた。

「気に入らぬか」

「いえ……そのような……」

「では、なんだ」

 奥歯に物の挟まったような老婆のもの言いに、権五郎は苛々した様子で問い正した。


 しばらくの沈黙の後、老婆はようやく語り出した。

「おひとりは……あなた様の体を受け継ぐでしょう」

「『おひとりは』? どういうことじゃ」

 老婆は、それには答えなかった。

 ただ、歯のない穴のような口をぽっかりと開いて、異様なほどに赤い、細長い舌びらをふるわせた。

「……『あなた様の体』と申しましたのは……所領のこと……それから……その御傷もまた」

「ふむ……」

 権五郎の、ひとつきりのまなうらに、平太丸をつつみこんだあの不思議な白い光が、ありありと甦った。

 それではあの光は、幻でも、目の異常でもなかったのか……。


 権五郎は眼帯を沈黙させたまま、しばしのあいだ自分の想念に浸りこんでいた。

「……もうひとりは、どうなる?」

「あなた様のお心……すなわち野心を受け継ぐでしょう」

「それだけか?」

「一生……五体満足であらせられましょう」


 クワッと左目を大きく見開き、権五郎は声をあげて笑った。

「おもしろい。赤子のうちのひとりは、わしの所領を受け継ぐ。だが体の傷も受け継がねばならぬ。いまひとりは体は無事だが、所領は受け継ぐことができぬというわけか」

 ひとしきり笑うと、権五郎は急に真面目な顔になった。

「このこと、他言無用ぞ」

「……」

 むろん、わたくしのお喋りを好む老婆ではない。


 権五郎は雑色を呼び、紙とすずりを用意させた。

 そして筆を太く走らせると、二通のふみをしたためた。

「一通は、太郎丸に。一通は、平太丸に。それぞれに、元服後のいみなを書きしたためた。元服までは、決して開いてはならぬ」


 二通の文を、それぞれの元に遣わして後、権五郎は言った。

「婆よ、太郎丸と平太丸、どちらがどちらかは、言わぬがよいぞ。どちらがどのような運命を辿ろうとも構わぬ。わしは死すれども、魂は神霊となり、ふたりを護ってくれるわ」

 老婆は、確信をもってうなずいた。

「お二方とも……素晴らしい高名こうみょうを……お手になさるでしょう」

「それよ、それ。その言葉を待っておったのよ」

 雷太鼓を猛々しく打ち鳴らすような権五郎の大笑が、神館じゅうをふるえあがらせた。

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