第23話 景義、春の野を巡ること
四
数年後――
菜摘みの女たちの姿が見える。
「若様、若様っ」
景義が馬を制すると、女たちは元気に走り寄ってきて、若い領主を取り囲んだ。
「ま、今日もいい男じゃね」「お召しも素敵じゃよ」「馬も立派じゃあ」「どこへ行きなさるの?」「ああ、わかった」「なあに?」「また
黄色い笑い声が弾けて、女たちの息つく間もない軽快なおしゃべりに、景義はたじたじになった。
いったいどこから聞きつけてきたのやら……かれが鵠沼の巫女に夢中なことを、女たちは耳ざとく知っている。
「うるさいうるさい、さ、道を開けておくれ」
それでも女たちは、いっそうのこと、まとわりつき、遠慮なく景義の
「危ういぞ、危ういぞ、馬に蹴られ申すな」
景義は腕を差し伸べて、女たちを押し返す。
するとふいに、女のひとりが籠を差し出した。
「若様、持っていきなされ」
籠には野の花がいっぱいに薫っている。
「すまぬ」
受け取ると、また別の女が「これもっ」と、餅の入った包みを差しだした。
景義は礼を言いながら受け取った。
「お気をつけて」
「がんばるんじゃよ」
声をあわせて笑いはじける女たちを背に、景義は苦笑しながら馬を駆けさせるのだった。
◆
神明宮の鳥居は、
抜けるような白色が、樹々の新緑とまじわって、爽やかな輝きを放っている。
風に翼をひろげる
赤い新葉に萌える
「よしよし、ここで待ってろ」
景義は花籠を抱え、上機嫌で鳥居をくぐった。
どこへ行ったかも、いつ帰ってくるかもわからないという。
景義はため息をつきながら、花籠を手渡した。
「枯らさぬようにな。オレからだと、毘沙璃に伝えてくれ」
花々のあかるい色、土の匂いの入り混じった新鮮な薫り、……景義の若い胸はときめいた。
鳥居のたもとに戻ると、馬は、呑気に草をはんでいた。
首筋の毛並みを軽くたたき、景義はつぶやいた。
「毘沙璃はおらぬとよ。やれやれ。オレも餅でも食うか」
天の目――
包みをあけて餅にかぶりつきながら、ぼんやりと東の
「
おそらく丘の上では、八重桜や
(行ってみよう)
心そぞろに、景義は手綱をとった。
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