第20話 義朝、新しき時代を告げること
義朝が言った。
「われわれは貴殿を廃し、今、三浦家に預かっている景継の遺児、義景を、鎌倉一族の正当な継承者と認めることもできる。いかがかな?」
「脅しか……脅しはきかんぞ。わしらのほうでも、ぬしの源太丸の命を預かっておる」
「いや、勘違いしてもらっては困る。われわれ連合は、平和的な解決を望んでいる。……こう言うべきかな? われわれは貴殿を、鎌倉一族の正当な継承者と認めてもいい」
四方を暗い壁に覆われたような心地がして、胸苦しいため息が、おのずとこぼれた。
「大住郡の豊田はわしの本領じゃ。豊田はやれぬ」
「いいだろう。豊田は貴殿に差しあげよう。岡崎は、三浦と中村に」
義朝の口ぶりはまるで、相模の地はすべて自分のものだと言わんばかりである。
「これもすべて、貴殿が一族の主となるための安い代価だ。鎌倉一族の内部も、まだまだ治まりきってはおるまい。貴殿の鎌倉一族の長としての地位を、われわれが保証しよう」
「先ごろ奪われたのは、収穫物ばかりではない。鎌倉一族の財物も、すべて返してもらえるのだろうな?」
「源太丸と引き換えに」
「いいだろう」
ついに景宗は承服し、義朝に
土地権利に関する書状が交わされた。
事件はここに解決を見た。
急に強くなった砂交じりの風が、相模国の絵図をさらい、天高く巻きあげてゆくのを、人々はそれぞれの思いで見つめていた。
古い時代は、すでに去った。
鎌倉、波多野、三浦、中村――その真ん中に柱のごとく、源義朝という男が、ゆるがぬ風情で立っていた。
◆
義朝は、やれやれと相好を崩した。
「鎌倉一族が同盟の傘下に加わったことは、存外の喜びだ。そこで早速だが、連合としては早速、解決せねばならない案件がある」
「?」
「先ごろより、鎌倉景継のふたりの遺児、太郎義景とその妹から、『自分たちが譲り受けたはずの領土を奪われた』と、同盟に訴えが出されている。その土地は鎌倉郡内、
「馬鹿なッ」
と景宗が叫ぶや、
「なにが馬鹿なだ」
と義朝もいきり立ち、ついに若き源氏の棟梁は、礼儀正しい態度をかなぐり捨てた。
「自分の権力をいいことに、年端もゆかぬ者たちから土地を横領しやがって。とことんまで戦をつづけるか? 俺は都とつながっている。貴様に対して朝廷に追討令を求めることもできるんだぞ?」
義朝と景宗は睨みあった。
「いいか、俺はけして無理難題を言っているわけじゃねぇ。土地を正当な権利者に返せといっているだけだ。違うか」
「……」
景宗の腹にも、一抹のやましさがある。
かれは黙ったまま、なにも言わなかった。
義朝が
「われら同盟の理念は、共存共栄。義景にも利があり、もちろん、貴殿にも利がある。この同盟のなかで、貴殿が得られるものの大きさを考えてみよ。鎌倉一族の総領の座、そして、大庭御厨。けして損にはならぬ」
景宗は、屈せざるをえなかった。
……かどわかされていた源太丸は、父や母のもとに帰るのを嫌がった。
この数ヶ月、大庭館でわがまま放題に暮らすことができたからだ。
それを義朝が、首根っこを掴んで連れ帰った。
すべてがひと段落すると、景宗の怒りも次第に収まっていった。
なにはともあれ、かれの鎌倉一族の経営は、これで順調に滑り出したのである。
「三郎丸めが、義朝から源太丸を奪ってきてくれたおかげで、談判を有利に進められたわ」
一族のあいだでは、いよいよ三郎丸の名があがり、かれがこの先、家督を継ぐであろうことは確実になった。
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