第20話 義朝、新しき時代を告げること


 義朝が言った。

「われわれは貴殿を廃し、今、三浦家に預かっている景継の遺児、義景を、鎌倉一族の正当な継承者と認めることもできる。いかがかな?」

「脅しか……脅しはきかんぞ。わしらのほうでも、ぬしの源太丸の命を預かっておる」

「いや、勘違いしてもらっては困る。われわれ連合は、平和的な解決を望んでいる。……こう言うべきかな? われわれは貴殿を、鎌倉一族の正当な継承者と認めてもいい」


 べつまくなく吹きつける乾風からかぜが、景宗の心を苛つかせるようであった。

 四方を暗い壁に覆われたような心地がして、胸苦しいため息が、おのずとこぼれた。

「大住郡の豊田はわしの本領じゃ。豊田はやれぬ」

「いいだろう。豊田は貴殿に差しあげよう。岡崎は、三浦と中村に」

 義朝の口ぶりはまるで、相模の地はすべて自分のものだと言わんばかりである。


「これもすべて、貴殿が一族の主となるための安い代価だ。鎌倉一族の内部も、まだまだ治まりきってはおるまい。貴殿の鎌倉一族の長としての地位を、われわれが保証しよう」

「先ごろ奪われたのは、収穫物ばかりではない。鎌倉一族の財物も、すべて返してもらえるのだろうな?」

「源太丸と引き換えに」

「いいだろう」

 ついに景宗は承服し、義朝に名簿みょうぶを差し出した。

 土地権利に関する書状が交わされた。

 事件はここに解決を見た。


 急に強くなった砂交じりの風が、相模国の絵図をさらい、天高く巻きあげてゆくのを、人々はそれぞれの思いで見つめていた。

 古い時代は、すでに去った。

 鎌倉、波多野、三浦、中村――その真ん中に柱のごとく、源義朝という男が、ゆるがぬ風情で立っていた。





 義朝は、やれやれと相好を崩した。

「鎌倉一族が同盟の傘下に加わったことは、存外の喜びだ。そこで早速だが、連合としては早速、解決せねばならない案件がある」

「?」

「先ごろより、鎌倉景継のふたりの遺児、太郎義景とその妹から、『自分たちが譲り受けたはずの領土を奪われた』と、同盟に訴えが出されている。その土地は鎌倉郡内、名越なごえ以東、及び、由比、杉本、深沢である。これら景継の遺領を速やかに両人に返却せよ」


「馬鹿なッ」

 と景宗が叫ぶや、

「なにが馬鹿なだ」

 と義朝もいきり立ち、ついに若き源氏の棟梁は、礼儀正しい態度をかなぐり捨てた。

「自分の権力をいいことに、年端もゆかぬ者たちから土地を横領しやがって。とことんまで戦をつづけるか? 俺は都とつながっている。貴様に対して朝廷に追討令を求めることもできるんだぞ?」

 義朝と景宗は睨みあった。


「いいか、俺はけして無理難題を言っているわけじゃねぇ。土地を正当な権利者に返せといっているだけだ。違うか」

「……」

 景宗の腹にも、一抹のやましさがある。

 かれは黙ったまま、なにも言わなかった。


 義朝が唐櫃からびつの上に腰をおろすと、三浦義明が押し殺した静かな声で、景宗を諭した。

「われら同盟の理念は、共存共栄。義景にも利があり、もちろん、貴殿にも利がある。この同盟のなかで、貴殿が得られるものの大きさを考えてみよ。鎌倉一族の総領の座、そして、大庭御厨。けして損にはならぬ」

 景宗は、屈せざるをえなかった。


 ……かどわかされていた源太丸は、父や母のもとに帰るのを嫌がった。

 この数ヶ月、大庭館でわがまま放題に暮らすことができたからだ。

 それを義朝が、首根っこを掴んで連れ帰った。



 すべてがひと段落すると、景宗の怒りも次第に収まっていった。

 なにはともあれ、かれの鎌倉一族の経営は、これで順調に滑り出したのである。

「三郎丸めが、義朝から源太丸を奪ってきてくれたおかげで、談判を有利に進められたわ」


 一族のあいだでは、いよいよ三郎丸の名があがり、かれがこの先、家督を継ぐであろうことは確実になった。

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