第59話 景義、無双のつわものと闘うこと
四
保元元年――
突如として、都に戦乱が巻き起こった。
保元の乱である。
天皇の取り巻きと、上皇の取り巻きとのあいだの激しい権力闘争が、合戦を巻き起こしたのだ。
義朝は坂東諸氏連合を率い、後白河天皇のもとに参戦した。
対する崇徳上皇のもとに参戦したのは、義朝の父の源
八男、源
……はからずも源家は、父子兄弟が敵味方に分かれ、
風は
湿気を含んだ不快な
集まった武者たちは数百騎、鎧の下で汗だくになり、汗と革との強烈な臭気のなかに閉じ込められたまま、文句ひとついわず、じっと息を潜めていた。
やがて、出陣の号令がくだされた。
義朝軍は東三条の御所から発し、鴨川を東へ渡り、敵方の白河北殿を目指した。
この時、義朝軍がむかう西の門を守っていたのが、源八郎為朝の軍勢であった。
景義は弟の三郎景親以下、大庭の家子郎党を従えながら、義朝軍の先頭にいて、武者ぶるいを止められずにいた。
いよいよ花の都で、天皇の御軍として戦うのだ。
つわものとして、これほどの栄誉はない。
耐え切れぬほど高まる緊張感に、そっと右腰の
そこには星月夜の御方からいただいた、金鷲羽の御守が納められている。
息を少しずつゆっくりと吐き出し、天の加護を祈った。
「おい、助秋」
「は」
やや落ち着きを取り戻した景義は、篝火に照らし出された敵陣を見はるかした。
すると驚くべきことに、一瞥しただけで敵将為朝の姿を見つけることができた。
それは為朝という男が、身の
まわりの武者に比べ、頭がひとつもふたつも上に飛び出ている。
巨人は八尺五寸の特製の大弓を握り、獅子の金細工を打った大鎧を軽々と着こなし、
景義は、激しい畏怖を覚えた。
その恐るべき姿は一生涯、かれの脳裏に焼きついて離れなかった。
――八郎為朝というのは、弓矢取りである源氏の累代の血脈が産み出した、奇跡的な傑物といってよい。
生まれつき、左腕が右腕より四寸長い。
左腕が長ければ、それだけ深く、弓を引き絞ることができる。
弓手としては、天与の体型であった。
齢わずか十八。
しかしながら十三の頃より
その為朝が、五人張りの剛弓を引き絞って矢を放てば、狙いを違うことはひとつもなく、人は鎧ごと貫かれ、血反吐を吐いて落馬した。
かれの使う
為朝はまず、敵陣正面中央の義朝にむけ、この『大ノミ』を放った。
征矢はぎゅるんぎゅるんと旋回し、凶暴な
激しい衝撃を受け、義朝は
「八郎ッ。貴様、兄にむかって弓を引くかッ。神仏の加護を失おうぞ」
突き刺すような兄の声に、為朝は地響きするような笑い声で
「父親にむかって弓を引く方の御言葉とも思えませぬなァ」
どわっと、為朝の陣営が笑いにつつまれた。
――実のところ、為朝に兄を殺そうという気はない。
殺すつもりならば、百発百中の腕前、すでに射抜いている。
単なる威嚇であった。
「生意気なッ」
怒りを
景義の出番は、まさにここだった――
幼い頃からの尋常ならざる努力の積み重ねは、まさにこのひと時のためのもの――
ありったけの力をこめた見事な
「奥州の合戦にィッ、
「同じく、三郎景親」
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