第27話 ハダレ、オドロをどやしつけること

 時は、今にめぐる、



 ――治承五年、鎌倉、猛暑のころ



 毎日休まず、現場では作業がつづけられていた。

 黙って労働をつづけるうち、有常の心にも次第に余裕が生まれ、まわりの様子が見えはじめてきた。


 たとえば労働者たちのなかには、大人なのに烏帽子をかぶらず、もとどりを結いあげていない、下層の者たちが多いのだということ。

 それから、手足などの不自由な者たちも多く見られる。

 景義が、わけへだてなく雇うからであろう。

 かれらは身が不如意であっても、自分たちのできることを精一杯がんばっていた。


 また、周囲の労働者たちは、有常自身が思っているほどには、有常のような罪人の存在を気にしていない、ということがわかってきた。

 みな自分の仕事のこと、生活のことで一生懸命なのだ。


 こっそりと周囲の様子を観察しながら、有常が作業していると、急に耳の近くで怒鳴り声がはじけた。


「この野郎ッ、この部材は、ここじゃねぇっつったろうが……何回言えばわかるんだッ」

 有常はびっくりして、緊張に身を強張らせた。

 上役のハダレが目をつりあげて、本気で怒っている。

 二十そこそこの、若い小頭こがしらである。

 有常に怒っているのではない。

 オドロと呼ばれる小男に怒っているのだ。


 オドロ……身なりが全体に薄汚れていて、年齢はよくわからない、十代なのだろうか、二十代なのだろうか……口をへの字に曲げて、いつも背をかがめ、動きのない鈍い目玉をしている。

 巻き髪といえば聞こえはいいが、そんな生易しいものではない。

 海藻のようにねっとりとした黒髪が、いばらの茂みのように、おどろおどろしく渦巻いている。

 ……それで、オドロと呼ばれている。


 ハダレが、その男に向かって、また叫んだ。

「そうか、やる気がねぇんだな。だったら、もう帰れ。明日から来んな」


 ……オドロはいつも、仕事の飲み込みが悪かった。

 言い訳の言葉も思いつかないようで、あーとか、うーとか言って、這いつくばって頭をさげている。

 まわりの者たちはみな、見て見ぬふりをしている。

 その時はそれ以上、なにも起こらなかった。

 ハダレは忙しげな様子で立ち去った。


 しかし、しばらくして戻ってきたハダレは、オドロが作業をつづけているのを見るや、またしても声高く叫んだ。

「おい、まだいんのか? 『帰れ』っつったろうがッ」

 拳をふりあげて詰め寄るハダレに、有常は思わず身を挺して、オドロをかばった。

「どうか、許してあげてください。私がこの人の分も働きます」


「ケハッ」

 と、ハダレは、まるで土器の皿が割れたかのような、素っ頓狂な声を出した。

「お前が? ここに来たばっかの半人前のお前がか?」

 ハダレは苛立った高笑いをあげた。

「調子に乗んじゃねぇ、坊ちゃんよ。昔は、お偉いお坊ちゃんだったかしらねぇが、俺はお前みたいなお坊ちゃんが、でぇ嫌ェえなんだ」


 ハダレは言いながら、オドロの尻を蹴りあげた。

「おい、オドロ。今日はこのお坊ちゃんに免じて、許してやる。しっかり考えて働けや。わかったか」

 醜く顔をゆがめたハダレは、オドロをどやしつけた。

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