第28話 有常、労働のこと
有常とて、さすがに重代の
単に甘やかされて育った『お坊ちゃん』ではない。
頭が回る。目端が利く。体力がある。自然な度胸がある。
オドロの隣で働いていたのも、ひとつの幸運であった。
一緒にいれば、どうしても有常のほうが良く見られてしまう。
逆にオドロとしてみれば、これはたいへん不運なことである。
(……自分が仕事をがんばることで、余計にオドロが悪く見られているのかもしれない)
そんな考えがふと頭に思い浮かんだのは、有常としても、ずいぶんと時が経ってからのことである。
しかし手を抜いて仕事をするというのは、有常には難しかった。
だから、いっそう気を配ってオドロを助るしかないと、かれは考えた。
かれには自分より弱いものを助けようという、自然な良心が備わっていた。
◆
強烈な日差しが、人々を打ちのめしていた。
現場ではまたしても、労働者たちの怒鳴りあう声が響いていた。
「もう、やってらんねぇッ、こんなトコにいられるか」
「ア? 俺が悪いってのか?」
ふたりの痩せ男たちが言い争っている。
いつしかそれは、つかみ合いのけんかに変わっていた。
まわりの連中は止めるどころか、面白い見世物がはじまったとばかりに、観戦に駆けつける。
やんややんやと口々に
こんな時には必ず激昂して飛んでくる黒鬼の親方の姿も、今は見えない。
炊事係が見かねて、昼食の
いつもより早めであったが、騒ぎを収めようとしたのである。
人々はわいわい言いながら、やりあうふたりをほったらかしに、争うように炊事場へと駆けて行った。
自分の腹具合のほうが、他人のケンカよりも重要である。
「おい、次郎、メシ」
鉦の音を聞いても、まだ働いている有常のまじめな尻を、ハダレは膝で軽く蹴った。
「はい」
昼食の包みをもらってくると、近くの木陰に座り込んで、もち米の焼き握りにむしゃぶりついた。
薄く塗られた味噌が、香ばしい。
昼食は一日で一番の楽しみだった。
地獄の責め苦を逃れることのできる、極楽のひとときである。
育ち盛りの有常は、食べられるものならどれだけでも腹につめこめる気がした。
ハダレはあっというまに飯をたいらげてしまうと、烏帽子を脱ぎ、しみついた汗を端切れで丁寧にぬぐった。
かれの顔には所々、生まれつきのあざがあって、まだら模様になっている。
それで、『
「おい、オドロ、お前、次郎にお礼言ったのか?」
ハダレが尋ねると、オドロは、ア、ア、と言葉にならぬ妙な声をもらしながら、うつむいた。
ハダレはあきれて、大きくため息をついた。
「おい、次郎。こいつはこういう奴さ。礼のひとつも、ろくすっぽ言えやしねぇ。知らんふりして、何事もなかったように働いてやがるんだろ? このぐず野郎は」
「お礼なんて、いいんです。気にしませんから……」
「バカヤロウ、だからお前はお坊ちゃんだって言うんだ。そういうケジメはしっかりつけさせるんだ」
ハダレは、オドロの野放図の油髪を鷲づかみに、無理やり頭をさげさせた。
「『すいません、ありがとうございました』……言ってみろッ」
「……しーません……ありが……とう、ござい……した」
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