第9話 平太丸、武者鍛錬のこと
四
またすぐに、講義の日がやってきた。
例によって例のごとく、またしても悪童たちがからんできた。
「におうなぁ……なんのにおいじゃ?」
「におうにおう」
「ケヒヒッ、乳くせぇ」
平太は横目でちらりと悪童たちを見ると、心からの呆れ声で呟いた。
「ちっせぇなぁ、おまえら」
そのまま相手にもせず、胸を張って通りすぎた。
悪童たちはといえば、戸惑い顔を見合わせるばかりだった。
講師がやってきて、堂内を見回した。
「今日は
◆
講義のない日には、平太は十郎に言われたとおり、毎日、乗馬に精を出した。
愛馬の世話を欠かさず、水を飲ませ、飼葉を与え、足を洗い、体を拭いてやった。
平太はちいさいころから、馬が大好きだった。
このやさしい目をした生きものは兄弟同然だった。
馬糞を掃除し、餌をやり、体調を見た。
平太は領主の息子であったが、まるで馬飼の息子のように、馬の臭気にまみれ、顔を土草に汚して暮らしていた。
「こいつ、爪が伸びてらぁ」
「切ってやりましょう」
助夏は手慣れたもの、馬と尻をつき合わせて後脚を曲げさせると、自分の両膝のあいだに挟んでもちあげる。
爪切り包丁に木槌を打ち、馬の爪を器用に削ぎ落としてゆく。
平太は、助夏の肩背に鼻を近づけて、こっそりと匂いを嗅いでみた。
たちまち、すっぱいような独特の異臭がして、顔をしかめた。
(ほんとだっ、臭ェや)
気配に気づいて、助夏がふりかえった。
「ハ、なにか仰いましたかな?」
「……いや、なんでもない」
平太は、ぴゅうと口笛を吹いてごまかした。
(臭い。……けど……でも、好きな匂いじゃ)
心のなかで、そうつぶやいた。
「お前は本当に馬の爪が好きだよな」
平太は呆れ返って、愛らしい猿の頭をくしゃくしゃとかきまわし、ついでに猿の頭の匂いも嗅いでみた。
そうしているところへ、「殿ッ」と、すけ丸が飛びこんできた。
「大殿がお呼びです。これから武芸の稽古をはじめるそうです」
聞くや、平太も助夏も血相を変え、とるものもとりあえず戸外に馬を引き出した。
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