第82話 左七、真意を明かすこと

「……私もまた五郎殿の麾下、命がけで戦いましたが、戦の趨勢すうせいはいかんともしがたく、まるで生き地獄のような敗走戦を繰り返し、どうにか露命を長らえました。

 しかし疲労も極まり、悪病にとりつかれ、体はすでに死門に及んでおります。この太刀は、三郎の殿から褒美に戴いた、大切な宝……この宝ひとつを抱いて、死ぬ前にもう一度、故郷の大庭をひとめ見たいと、こうして舞い戻って来た次第」


「それは……難儀であった……そうか、五郎が死んだか……」


 左七はわずらいのためか、苦しそうに胸を抑え、身を屈め、咳込んだ。


 景義は眉尻をさげ、やさしい声をかけた。

「こんな所で立ち話もなんじゃ、とにかく一緒に大庭館に帰ろうぞ。なに、そなたに悪いようにはせぬ。戦は終ったのじゃ。わしを頼るがよい。ささ、はよう」


 景義の首筋を、なまぬるい夕風が吹きすぎた。

 瞬間、怪しい白光が閃いた。

 打突音――

 咄嗟に受け止めた景義の杖を、左七の太刀がまっぷたつに断ち割っていた。


 景義は片脚で飛び退すさりつつ、半折れの杖を、男の顔面めがけて投げつけた。

 狙いあやまたず、杖は左七の左目を殴打した。


 しかし左七はかまわず、景義めがけて飛び込んでくる。

しゅうかたきッ」

 左七は叫びながら、二の太刀を横に凪いだ。


 避けようとした景義は、不自由な左膝が力なく崩れ、思いがけず体が地に沈んだ。

 やいばひたいをぶんとかすめ、あざやかな血しぶきが勢いよく跳ね飛んだ。

 左七が三の太刀をふりあげた、その時だった。


 ヒョウッ――


 一本の激矢がくうを切り、左七の喉首のどまんなかに突き通った。

一言もないままに男は仰向けざまに倒れ、悶絶し、死に果てた。


 ――矢を放ったのは、葛羅丸かずらまるだった。


 景義は、ぜぇぜぇと喘ぎながら、その場にへたりこんだ。

 額の傷は浅かったが、斬られ場所が悪かったか、血が止まらない。

 雑色たちに命じて頭の鉢をきつく縛らせ、葛羅丸の腕を借りてなんとか立ちあがった。


「主の仇討ちなどと……。いくさは人を狂わせる」

 景義は左七のかたわらに屈みこむと、かれの血走った両目を閉ざし、短く念仏を唱えた。

「そなたが望めば、いかようにも仕官の道を探してやったというに……」


 景義は雑色たちに命じ、死体を運ぶよう指示した。

「このこと、みだりに口外するでないぞ」

 みな、青ざめた顔でうなずいた。

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