第44話 西行、ふところ島へ招かれること
――以前はなにもなかった荒地に、今ではちょっとした人々のにぎわいが生まれていた。
西行が招かれてやってきたのは、ふところ島の
まわりを板塀と土堀に囲まれた、広い方形の区画が「館」である。
正面の平橋を渡り、大きな
すると中央に
屋敷を囲む樹々は、日除けにもなり風除けにもなる。
季節ごと、花樹は心を楽しませ、果樹は美味なる恵みをもたらしてくれる。
屋敷の裏にある鬱蒼とした緑の、背の低い
館の内には、さまざまな人々が働いている。
畑で農作業をしている者たちがいる。
工房では
大きな
倉がある。
北西の隅にひっそりと、鎮守の
……館とはそれ自体が、ひとつの町のようなものであった。
◆
屋敷のうちで、西行は旅装を解いた。
ようやく落ち着くことができた景義と西行は、南の居間にくつろいで対座した。
景義も同じように、ぐいぐいと飲み干して、口元を拭った。
「西行殿は、これからどちらを目指して行かれるのですか」
「奥州を目指しているのだよ」
「奥州……それは遠い場所へ。いったいどういうわけで……」
「なに。私は縛られるものもない出家の身。有名な歌枕の地を訪ねながら、知見を深めているのだ」
「修行の旅……ですか?」
「ははは、そのように堅苦しく考えるものではない」
「ぜひ、今宵は俺……私どもの屋敷にお泊りください」
「それは頼もしいお言葉。まことにかたじけない」
「これからどちらを回って、奥州へ?」
相模からの道のりは、幾筋もある。
「まずは鎌倉を訪ねようと思っている」
「鎌倉?」
「うむ。……
「それでしたら……」
と、景義は目を輝かせた。
「ぜひ私に案内させてください。お邪魔でなければ」
「こちらこそ、和殿の邪魔にならないようであれば、ぜひお願いしたい。それから、歌枕とは別に……鎌倉にはひとつ大事な用事があるのだ……」
言いながら、西行は
「この笈には、命の次に大事なものが、入っていてね」
「なんです? 財宝でも?」
真顔で言った景義の言葉がおもしろかったか、西行はクククと笑って、たちまち答えを明かした。
「手紙だよ。人々が想いをこめてつづった、大切な手紙を預かってきている。これらの手紙を、旅の先々で届けてゆくのだ。みな本当に、喜んでくれる。見ているこちらが幸せになるくらいに、ね……」
そう言って西行は、実に幸せそうな笑みを浮かべるのだった。
「私の尊敬する友人に、
「西住法師……」
「
「ああ、わかりました」
と、景義の顔が、ぱっと輝いた。
「その方の母御前は『
「それは心強い」
「しかし……」
と、急に難しい顔になり、景義は腕組みした。「われら大庭と鎌倉の人々は、つい先ごろ大きな
「ほう……」
「屋敷の近くまでご案内して、すぐに私はお
「……」
急に西行が大きな笑顔を作ったので、景義は驚いた。
精気あふれるこの僧は、力強く言葉を切り出した。
「余計な口出しかもしれぬが、この機会を利用してみてはどうだね」
「……と、申しますと……」
「和殿も私と一緒に、その家の門をくぐってみてはいかがかな。
景義はぼんやりと、西行の顔を見た。
どうしようか、迷いがあった。
西行の透きとおった瞳にだんだんと吸い込まれるような気がして、ふと景義は心づいた。
(また俺は……躊躇している)
景義はうなずいた。
「ご一緒いたします」
西行は快いばかりに、にこりと笑った。
横からすかさず、助秋が口を出した
「殿、手土産を持っていかれては」
「お前はほんと、気がきくよ。甘い菓子、旬の
「はい」
今日のところは疲れ切った体を休め、翌日、鎌倉を訪れることとなった。
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