第37話 毘沙璃、景義を訪うこと

 毘沙璃もまた、景義のもとを訪れた。


「おやまあ、しょげかえって」

 毘沙璃は心配顔も見せず、からかうように言った。

 毘沙璃は今、鶴岡八幡宮の巫女たちの取りまとめ役になっている。


 その軽口に応ずる元気もなく、景義は言った。

「そろそろお別れの時が来たのやもしれぬ……」


 すると毘沙璃が大笑いしたので、景義は眉をひそめた。

「なぜ笑いなさる? 東国の武者たちは武衛様のもとに集まり、その心の拠り所である鶴岡八幡宮も完成した。わしの仕事はもう終わったも同然……」


「本当にそう思っているの? 平太殿。わたしが言うまでもありません。あなたは自分で自分のやり残している仕事がよくわかっているはず。それをおやりなさい」

「しかし、わしにはそれをやる力が残っておらぬ」

「これ、と決めたら、とことんまでやり抜くのが、いつものあなたではなかったかしら?」

「むむ……」

「私も精一杯、協力いたしましょう」

「……」

 景義は苦しげに身をふるわせた。


 かれは一度、寝具のなかに潜りこんでから、もう一度、顔を出した。

「あなたに会うたら、ひとつ、お聞きしたいと思っていた。御霊ごりょう様は、お怒りじゃろうか。わしを咎めておられるじゃろうか。一族の総領と大庭御厨とを勝手に継承した、このわしを……」

「なぜそのようなことを?」

「わしは『簒奪者さんだつしゃの子』で、わしが左脚を失うたのも、御霊様の与えた神罰だと言う者まで……」


「あなたはそれを信じるの?」

「むむ……」

「あなたの心の英雄、鎌倉権五郎は、そのような狭量の男かしら?」

「……いえ、断じて……」

「ならば御霊様を信じなさい。神を信じるとは、そういうことです」


 みずからの息を必死に吹き返そうとして、景義は咳き込んだ。

「そのとおりじゃ」

 苦しげにしわぶく、景義の胸を、毘沙璃はやわらかにさすった。

「お父上に……会いにゆきなさい」

 毘沙璃は神託を告げるように、それだけを言った。


 あとは黙って、景義が眠りにつくまで、薬師如来やくしにょらいの真言を、やわらかな声で、ゆっくりと、東のかたにむかって唱えつづけた。

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