第16話 鎌倉一族、分裂すること

 今は昔――


 時の鎌倉一族の総領は、権五郎の嫡男、鎌倉景継かげつぐであった。

 景継はここのところ、いよいよ体調が思わしくなかった。


 そこで、自分の没後のために、一計を案じた。

 まだ若い息子の義景が、安心して領地を経営できるようにとの思いである。

 それが、鎌倉一族と三浦一族との、二重の婚姻であった。

 話はすぐにまとまった。


 太郎義景と三浦の姫、また、義景の妹と三浦の長男――

 この二重の婚姻により、義景は三浦家という大きな後ろ盾を得た。

 また三浦一族の側としても、いずれ鎌倉一族の総領となるべき義景を婿に得て、双方、大きな利益のある結婚となった。


「三浦と鎌倉……われらは父祖を同じうし、奥州で共にくつわを並べて戦った仲。この度の婚姻は、互いにとって良き同盟となるでしょう」

 景継は安心した。

 自分が亡くなった後には、息子の義景が一族の総領として、鎌倉、大庭御厨をはじめ、すべての遺領を受け継ぐことを確信し、息をひきとった。


 ――だがしかし、ことは故人の思惑通りには、運ばなかった。


 一族亜流の、豊田景宗が決起したのである。





 景宗は前もって、一族のあいだで調略を進めていた。

 三浦と結託した若すぎる義景に代わり、景宗自身が総領の座に収まった。

 武勇、知略、年齢と、三拍子そろった景宗を、一族の者たちはみな支持した。


 義景はまだ十代、受け継ぐべき父の遺領を失ったかれは、憤激に顔をゆがめ、しゅうとの三浦大介義明に訴えた。

「舅殿、私は悔しうござります。このままでは鎌倉一族の総領になるための今までの私の努力が、すべて水の泡となってしまいます」


 義明はこの年、五十三になる。

 智謀に長けた筋金入りの武者づらで、じっと押し黙ったまま、なにごとかを考えていたが、やがてぽつりと呟いた。

「豊田景宗……なかなか気骨のある男じゃのう」


 聞いた義景は、顔を青ざめさせた。

「舅殿、私はあの男になぞ負けません。わが武芸の前には、あの男など、足元にも及びませぬ。兵をお貸しください。必ずや景宗を滅ぼし、三浦一族に利益をもたらしてみせましょう」

「婿殿。しばし落ち着かれよ。三浦と鎌倉、この巨大な部族が矛をまじえれば、両者ともただではすまぬ」


「私に兵は貸せぬと?」

 義明は若い婿の顔を見つめ、静かに首を横にふった。

「鎌倉一族は、婿殿ではなく、豊田景宗を総領に選んだのだ。仕方あるまい」

「しかし、あまりに理不尽なッ」

 義景が、やり場もなく身悶えした、その時である――


「かわいそうな話じゃねぇか」

 奥の方から、暗闇を吹ッ飛ばすような、勢いのよい声がかかった。

 そこには溌剌はつらつとした若者が、お膳を相手に酒をあおっていた。

「御曹司……」

 義明のもうひとりの婿――源義朝みなもとのよしともであった。

 齢、いまだ二十一。


「義景よ。お前が『どうしても』って望むんなら、それなりの仕返しをしてやれないこともねェ」

「本当ですか」

「おうよ。俺とお前は相婿あいむこ、義兄弟の間柄。お前の取り分は、きっちり取り戻してやる」

 義朝と三浦大介が、ちらりと目配せを交わしたのに、若い義景は気づかなかった。


 にわかに希望の光が甦った若者は、猛々しく拳をふりあげた。

「私はすぐに戦の仕度にかかります。それまでは事の次第をお任せします。その時が来たなら、すぐに声をおかけください。私も郎党たちも、万死を厭わず奮戦するでしょう」

 身のうちに若い炎をたぎらせながら、義景は長江の屋敷に戻っていった。


「国司交代の空隙くうげきを狙う。……これは好機ぞ。三浦にとっても、俺にとってもな」

 義朝のささやきに、義明も権謀の目を光らせ、ゆっくりとうなずいた。

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