第17話 大庭御厨、侵略されること

 大事件が勃発したのは、それから間もなくのことであった。


 国衙こくがの役人を名乗る連中が大挙して、大庭御厨に乱入してきたのである。


「この鵠沼くげぬまの地は、国衙領である。者ども、早々に立ち去れィッ」

 どこから見ても役人には見えない、ごろつきの面構つらがまえ――男たちは口々に威嚇しながら、抵抗する大庭の領民たちを次々に殴り倒してゆく。

 御厨は大混乱に陥った。

 と、その時――


「おやめなさい」

 人々の耳を抜いて、勇ましい女の声がりんと響いた。

 ごろつきどもは驚きと好奇心に血走った目玉をころがし、声の主を探した。

 すると領民たちのなかから、いかにも清らげな、年若の巫女が現われたのである。


 ――毘沙璃だった。


 すらりとした長い首を昂然と伸ばし、肝のすわった態度で武者たちを睨みすえると、少女は恐れ気もなく命令した。

「ここなる地は、大庭御厨みくりや。今は御霊ごりょうと祝われし、鎌倉権五郎様のひらかれし土地。侵すべからざる伊勢いせ太神宮だいじんぐうの御神領であり、天照大御神あまてらすおおみかみ様の御神域である。そなたら、みずからの穢れを思い恥じ、すぐさまこの地を立ち去るがよい」


「なんじゃ、この娘ッ子は?」

 男たちの背後から、胴丸をつけた凶相の大男が進み出て、毘沙璃の真っ白なうなじに、なれなれしく鼻を近づけた。

「いい匂いじゃ。それに気風きっぷがいい。わしの嫁にもらおうか」

「あなたは?」

「俺か? 俺は悪四郎。三浦の悪四郎じゃ」


「三浦の悪四郎。私は神仏に仕える巫女です。無礼をすれば、いずれ神罰がくだり、あなたは後悔することになるでしょう」


 グワハハと、悪四郎は高笑いした。

「どう思う? 家安?」

 悪四郎はだらしなく口元を歪め、かたわらの郎党――文三家安に尋ねると、郎党はきっぱりと答えた。

「この娘、今、ものにせねば、殿はいずれにせよ後悔なさりまするぞ」

「よく言うたッ。俺もそう思う」

 悲鳴をあげて抵抗する毘沙璃を、悪四郎が軽々と肩に担ぎあげた、その時である。


 風を巻いて景義と次郎、二頭の馬が飛びこんできた。

 景義はくらから飛びおりるや、そのままの勢いで悪四郎に殴りかかった。

「野郎」

 悪四郎は毘沙璃を放り出し、応戦した。

「次郎ッ、毘沙璃を連れていけ」

「応ッ、兄者」

 景義に率いられた大庭の男たちは、わっとときの声をあげて三浦のごろつきどもに打ちかかり、荘園内はたちまち乱戦となった。


 ――丘の上から、端正な顔立ちの少年がひとり、この戦いの様子を見つめていた。

 大庭の三郎丸である。

 かれは兄たちに加勢しようともせず、怜悧な目で馬を返すと、いずこかへと立ち去った。

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