第62話 景義、秘話を明かすこと

 熱くなった景義は、いよいよ話の核心を打ち明けた。


「先ほどの話、わしが無謀にも意気込みだけで為朝公に突っ込んでいったように思うたかもしれぬが、実はわしにも『策』があったのよ」


「『策』……はて、どのような策でござりますか?」

 にやり、景義はご愛嬌に、わざと、ずる賢そうな笑みを浮かべた。


「あの時、わしの集中力は異常なほどに冴えわたっていた。わしは為朝公と対峙して、ハッと、ある事に気づいたのじゃ。――わしには、かれの持つ弓と矢とが、いささか長すぎるように感じた。それは一瞬の勘……ひらめきじゃった」


 景義が言うのは、こういうことであった。

 為朝の大きな体格にあわせて、かれの弓矢が大きいのはもっともなことである。

 しかしそれを勘案したとしても、なおそれ以上に、為朝の弓矢は大きすぎた。

 最初の興奮から冷め、注意深く目をこらした時、景義は自分の直感に確信をもった。

 かれは、断じた。

(馬上での弓矢の取り回しに、難あり――)


 頭のなかで、一瞬のうちに《策》が組みあがった。


 騎射戦の基本は、いかに相手の死角をとるか、にある。

 騎馬武者が自然に弓を構えた時、馬体に対して矢の先は必ず左を向く。

 このため、馬体の左側面が射程圏、右側面が死角となる。

 騎射戦の醍醐味は、右側面の死角の奪い合い……その駆け引きのなかにあるといってよい。


 景義が西国育ちの為朝にまさっていることといえば、坂東仕込みの馬術しかない。

 定石の走路を取るように見せかけ、急に進路を変える。

 為朝を戸惑わせるのは、たった一瞬でいい。

 その一瞬間のすきに乗じ、にわかに為朝の射程圏内を横切り、敵の左いっぱいへ駆け抜けて、背後の死角に回りこむ。


 この時、為朝は弓が大きすぎる為に、弓の下部が馬の尻につっかえて、普段の構えが取りきれない。

 景義に死角を取られる前に、為朝はこの不十分な体勢のまま矢を射ざるを得なくなる。

 矢は狙いから外れるであろう。


 為朝が矢を外せば、景義は相手の死角に飛び込むことができ、そこから先は、為朝という巨大な的を、思うがままに射ることができる。

 景義が圧倒的に有利になることは、間違いない。


 ――これが景義の《策》であった。


 この策は九割方うまくいった。

 予想通り、為朝の弓は馬の尻に押しさげられ、射手自身が気づかぬほど、構えにわずかな狂いが生じた。

 微妙に角度がさがった大カブラは、狙いよりも下に逸れた。


「……ただ予想外だったのは、馬を射倒した八郎御曹司おんぞうしの剛弓ぶりよ。まさしく為朝公こそは、当代随一の弓矢の達人であった」

 老武者は、ふつふつと甦りくる若々しい血色に頬を染め、昔日の興奮に胸躍らせた。


 これを聞いた清近のほうも、先達の口から直接伝わってくる興奮に、背筋がぞくぞくするような戦慄を覚え、われを忘れ、おのずと声音こわねも高まった。


「咄嗟の機転と操馬術によって、敵の矢を外させるとは――。並の武者ならば『策』を見出すどころか、為朝公にひたすら圧倒され、大カブラに腰骨を砕かれていたことでしょう。敵のふところに飛び込んだ、その勇気。その策。その馬術。……為朝公も抜きんでておりますが、義兄あに上も、尋常のつわものではございませぬぞッ」


 清近は心の底から快哉を叫び、惜しみない賞賛を口にするのであった。

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