第61話 景義、清近と弓談義すること

 ときは、今にめぐる――


 景義の太い語り声に、清近は食い入るように聞き入っていた。


 老人は酒膳をさげさせると、水桶で手指を清め、清近にもそうさせた。

 白木作りの、細長いふたつの箱が運ばれてきた。

 箱の蓋をひらくと、各々に一本ずつ、古色蒼然たる矢が鎮まっていた。


「こちらが『大ノミ』、こちらは『大カブラ』……わしの左膝を砕き、馬まで貫き通した、まさにそのものよ。わが郎党が首尾よく回収したものじゃ。手に取ってみなされ」


 畏敬の念に、清近は指先をふるわせながら、まずは『大カブラ』を手にし、ためつすがめつ、舐めまわすように、じっくりと見分した。


 カブラの部分は砕け、原形を留めていなかった。

 黒ずんだ汚れは人馬の生き血にかったあとであろう。

 銘はほとんどかすれているが、巻き口の辺りにどうにか『源八郎為朝』のうるしの文字が見てとれた。


 感動のうめき声をあげる清近に、景義は説明した。

雁又かりまたを見てみよ。大きさもさることながら、みねにもやいばがついておる。わしの左膝を喰い破り、馬を突き倒したのは、まさしくコレよ。恐ろしい、凶器そのものじゃ」


「大矢ですな」

「うむ。為朝公の体に合わせ、大きく造られておる。為朝公の弓矢はすべて、かれ自身の手製と聞いた。幾度もの合戦のなかで磨きあげ、工夫に工夫を重ねてある」


 清近は今度は、『大ノミ』を手にとった。

 片目をつむり、矢の秘密を暴きださんと細部にわたるまで検分した。

 手のひらに乗せ、重さも計った。


に、鉄芯が入っておりますな」

「わかるか。軽すぎたために調整したのじゃろう。最も飛距離が伸びるように、重心の位置も考えたであろうな」

「なるほど」

「見よ、矢尻も特製じゃ」

「これは……まさにノミ」

「油を塗れば、貫通力は無類のものとなる」


 ううむ、と清近は考えこんだ。

「しかし、どうでしょう……旋回する征矢そやの場合、このように幅広のノミ型の矢尻よりも、先の鋭く尖った矢尻のほうが、貫通力があるのではありませんか」


 よくぞ気づいた、と、景義は扇を打った。

「単純に考えれば、そう思うじゃろう。わしは同じものを造らせて試してみた。結果、幅広のノミ型の矢尻のほうが、はるかに貫通力は勝っておったよ」

「なんとッ」


 伝説そのものともいえる二本の矢を前に、刻の過ぎるのも忘れるほど、ふたりの武者は夢中になって論じあった。

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