第80話 波多野尼、賢慮を口にすること
目元をぬぐった波多野尼に、景義は言った。
「わしは戦災の遺児たちを一人前に育て、元気に生かしてやることこそが、わしの責任であり、波多野殿や景親、河村義秀、死んでいった者たちへの一番の供養じゃと思うておる。
あの童たちを見てごらん。たとえひとときの
先の戦で、ふところ島の郎党雑色の多くが犠牲となった。
ここに集まっているのは、父親や縁者を失った、その童たちなのであった。
今は一時、その悲しみを忘れ、遊びに夢中になって、ふざけあったり、思いつきのままに唄ったり、草笛をぷうぷう鳴らしたり、元気いっぱいに、初夏の日輪と風とを謳歌していた。
「だからこそ同じように、緑御前や
つと、景義の口調が重くなった。
「緑御前に対してそのように思うことは、わしの慢心なのではないかと、近頃、気がついた。悲しみや苦しみが渦巻く絶望の淵で悶えつづけていたいのであれば、黙ってそっとしておくのもまた、思いやりというものではないか……そなたは、どう思う?」
波多野尼は静かに、まぶたを伏せた。
「……『時』が、必要なのでしょう。長い、長い時が……。ただ私は、緑御前のお心が絶望と怒りの地獄から、なるだけ早く癒えることを、天に祈るばかりです」
景義は心の眼をひらかれたように思い、姪の顔をじっと見つめた。
黒雲渦巻く苦悩のなかに、忍耐からのみ生まれる賢慮の光が一条、清らかに差し込んでいるようであった。
「いかにも、そなたの言うとおりじゃ。わしは急ぎすぎておるな。じっくり、ゆっくり、時をかけて、待つことが肝心じゃな。なるほど……そういう言葉が口にできるそなたを、わしは誇りに思うよ」
「……」
大人たちの思いはつゆ知らず、童たちがはしゃぎながら駆け戻ってきて、ふたりのためにと摘んできてくれた、甘い
波多野尼の
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