第76話 少年たち、七色の矢を放つこと

「有常、千鶴……」

 と、景義は、少年たちの顔をかわるがわる見つめた。


「今、そなたらの身は罪のうちにある。頼るべき親兄弟も、今は無い。人並以上の努力をして、抜きんでたつわものにならねば、そなたらが自立する道は無い。


 ……だが安心するがよいぞ。そなたらは、わしよりよっぽど条件がいい。なぜならば、ちゃぁんと、丈夫な二本の脚があるのじゃからのう。わしと同じようにゆっくりゆっくり、一歩一歩……いや、半歩半歩でよい。あせらずに、たゆまずに、努力を積めば、必ずや立派なつわものになれる。、だ。その日が来るまで、わしが責任を持って、そなたらを養育いたす。安心して鍛錬に励めよ」



 長も幼も、三人は一生懸命に景義を見つめ、言葉のひとつひとつにッと耳を傾けていた。

 もっとも心をふるわせていたのは、有常だった。

 かれは多感な時期に、多くの苦難を経験した。

 大伯父の言葉のむこうに、見失っていた希望の光が、太く、大きく、自分たちめがけて輝きかけてくるのを、ありありと見た。


 景義は、三人の左脚の縄をほどいてやると、ひとりひとりの肩を抱き、背中を叩いて励ました。

「どうじゃ、脚のありがたみが分かるじゃろ。体が軽く感じるじゃろ。これからはその両脚でしっかりと大地を踏みしめて、歩いてゆくのじゃぞ」


 景兼が指をさして、唐突に叫んだ。

「父上ッ、葛羅丸が泣いております」

 見れば、大男の葛羅丸が、覆面の目元に手拭いを押しつけ、仁王立ちのまま、ひきつるように背中をふるわせていた。

 景兼も、千鶴も、この大男の涙をふしぎに思い、かれの野袴のばかまの腿を、無邪気に指でつっついた。


「そうかそうか……。葛羅丸も、感じるところがあったのじゃろう」

 景義は、やわらかに微笑んだ。


「さあさあ、難しく考えるのはおしまいにしよう。みんなで遊ぼうではないか」

 景義の合図で、待ち構えていた雑色が、少年たちに弓を渡し、さまざまな色と種類の矢をむしろの上にひろげた。


「どれでも好きな矢を、大空にむかって放つのじゃ。好きなように放て。何本でも、飽きるまで放て。

 そうして放っているうちに、お前さんたちの魂は矢となる。矢は、鳥となる。鳥となって、翼を大きくひろげ、大空を駆けめぐる。そうじゃ、お前たちの魂はいつでも、鳥になれるのじゃ。

 あの雲まで辿りつけ。日輪てんのめまでも辿りつけ。高々と放て。低くも放て。堂々と放て。弱々しくも放て。

 力いっぱい放て。力なく放て。風に逆らっても放て。風に乗せても放てよ」


 そして景義は、歌うように言うのだった。


「弓が本当の力を発揮した時、弓は高らかに歌う。矢が本当の力を発揮した時、矢はきらびやかに歌う。その声に、よぉく耳をすましてごらん。弓を歌わせよ。矢を歌わせよ。さあさあ、遊べや遊べ」


 わしたかとびふくろうからす朱鷺とき白鳥くぐい……それぞれの羽根の色を一直線に引きながら、放たれた矢はどこまでもどこまでも、青空の深みへ吸い込まれてゆく。


 さえぎるものもない空に、雄大なひろがりを感じながら、少年たちは無心になって七色の矢を放った。

 左脚はまだ、じんわりと痺れていた。

 けれどもかれらの胸には、明日への希望が力いっぱいに芽吹き、輝きはじめていた。

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