ふところ島のご隠居・第二部・新都鎌倉編
KAJUN
第二部 新 都 鎌 倉 編
第一章 鎌倉一族
第1話 景義、義景と対峙すること
第二部 新 都 鎌 倉 編
第一章 鎌 倉 一 族
一
治承五年、
猛暑のなか、鎌倉建都の
建築現場では屈強の人足たちに入りまじり、ひとりの少年が重たい材木を運んでいた。
端正な顔を歪め、必死に働く少年は、
卑しい者たちにまじって、下働きをしている。
白い裸の上半身は油を塗ったように、てらてらと汗まみれ。
大人の人足たちと並んでみれば、腕も脚も比ぶるべくもなく細い。
両手は豆だらけ、体じゅうあちこちすり傷だらけになっている。
頭のてっぺんから襲いかかる強烈な太陽に、思わず足をよろめかせた有常は、立て掛けてあった材木をひっくり返しそうになった。
その途端、「馬鹿野郎ッ」と、棒で殴りつけるような怒鳴り声が飛んできた。
「ふらふらするんじゃねぇ、腰を入れんか、グッと、腰を」
声の主は、人足たちの
頬には、派手な十字傷。
「そら、次、担げ」
有常は自分の体ほどもある大きな丸太に肩を入れると、前後に注意の眼をすばやく走らせ、ふんばった。
「腕だけでやるんじゃねぇ、腰を入れろ、腰を。体勢を低くして、全身を使わんか」
黒鬼のぶっきらぼうな物言いに、少年は青ざめた。
良家の御曹司として育ったかれは、今だかつてこんな
……とはいえ、歯向かってみても仕方がない。
ぐっと歯を喰いしばり、悔しい気持ちをひたすらに呑みこんで、なおも怒鳴り続けられながら黙々と作業をつづけた。
蛮声を張りあげ、黒鬼は叫んだ。
「お前らァ、作業がノロいんじゃァッ。なんとしても今日中に予定の段まで終わらせにゃならんのじゃぞ? わかっとるのか? 気張れ気張れッ」
鞭打つ叱咤の声に、「応ッ」と人足たちの声が地響きした。
――この一幕を、景義は何も言わず、遠くから
有常を特別扱いせぬよう、縄五に命じたのは景義である。
(……いつか必ず、その苦労が実になる。耐えろよ、有常……)
鳥居の外で馬に乗ろうとすると、葛羅丸が機敏になにかを察し、景義を護るように身を寄せた。
ふり返れば、色濃い影のなか、立ち塞がるようにして、そこには立派な体躯の御家人が、見おろすように見つめていた。
「うまくやりおったのう、景義」
その言葉に、鋭い
やんわりと頭をさげた景義は、棘をつつみこむように、穏やかに答えた。
「長江殿。よいお日柄で、ご機嫌うるわしう……」
途端に、長江義景は
「なにがよいお日柄じゃッ。クソ暑うてしかたないわッ。茶番はやめよ、平太。鎌倉の作事を請け負う代わりに、
そればかりでない。まんまと松田、河村の新領まで手に入れようとは、まったく浅ましいかぎりじゃのう。挙兵前から周到に手を打ってあったのじゃろう。貴様ほど猿知恵のまわる男はおらぬわ」
「いえいえ、すべては神慮のまま……人からは
「
義景は、忌々しげに吐き捨てた。
「貴様の左脚が動かぬようになったのも、権五郎公の神罰やもしれぬなぁ。簒奪者に対しての、な」
義景はひとり合点して、何度も首をうなずかせた。
目には偏執的な光が宿っている。
熱暑のせいか、いつにも増して、その瞳がぎらぎらと
「よいか。三郎景親を追い落としてやったように、今度は貴様を追い落としてやる。わしはいまだに若き日の恨みを忘れておらぬ。いつか必ず、大庭御厨をわが手に取り戻してみせる。それがわしの悲願じゃ。……見ておれ、これからが楽しみじゃ」
義景の足元には、暑さにへこたれた野良犬が、だらしなく舌を垂らし、うずくまっていた。
それを見るなり義景は、犬の腹を思い切り蹴りあげた。
痩せ犬はあわれな悲鳴をあげ、一目散に逃げ去った。
白々と焼けつく大路へ、ゆらめく陽炎のなかへ、笑いながら立ち去ってゆく長江太郎義景の後姿を、平太――大庭平太景義は、悲しげな目で見送るのだった。
◆
※ 波多野 次郎 有常
父・義常は平家方の有力武将であったが、頼朝に追い詰められ、自死を選んだ。
(第一部・第31話)
その後の幕府の検断沙汰によって、有常は、父の罪に連座し、罪人となる。
「
(第一部・第36話)
この作品では、有常の母は、『群書類従』の系図の「伊東祐継女」を採用。この説に、妙な迫力とリアリティを感じたためである。
【作中・略系図】
┌【景義】
│
│ 伊東祐継(前夫)
│ ∥
│ ∥ ―――――――― 波多野尼
│ ∥ ∥
└―― 景義妹(宇佐美姫) ∥―― 【有常】
∥ ∥
∥ 波多野義常
∥
∥ ―――――――┬ 正光(宇佐美)
∥ └ 実正(宇佐美)
∥
大見(後夫)
※ 黒鬼の縄五
景義配下の
(第一部 第28話)
これらの合戦で、景義の
※ 長江 太郎 義景
もともとは鎌倉一族で、鎌倉権五郎の直孫。
三浦大介義明の婿となり、治承の合戦では、三浦家とともに行動。房総半島に渡った三浦軍とともに、新生した頼朝軍の中核を担った。
大庭景親の検断沙汰の際に、景親の梟首を求め、景義の弁護を論破した。
(第一部 第33話)
【作中・略系図 鎌倉一族】
┌景村 ― 景明 ┬ 景宗 ┬【景義】(大庭・ふところ島・平太)
│ │ ├ 景俊(豊田・次郎)
│ │ ├ 景親(大庭・三郎)
│ │ ├ 景久(俣野・五郎)
│ │ │
│ │ └ 宇佐美姫 ┬ 実正(宇佐美)
│ │ └ 波多野尼 ― 【有常】
│ │
│ └ 景弘 ┬ 為宗(長尾・新五)
│ └ 定景(長尾・新六)
│
└景成 ―【景正】― 景継 ―【義景】(長江・太郎)
権五郎
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