第54話 景義、都へのぼること
二
今は昔、久安年間のこと――。
青年は丈夫な二本の足と、立派な体躯を持ち、顔つきも、きりりと引き締まった若き日の景義であった。
(俺に兄がいたら、この人のような感じであろうか)
景義は、すこしばかり年上の義朝に、打ちとけた感情を抱きはじめていた。
「そなたの弟、三郎景親は秀でた奴よ」
景義を目の前にして、義朝は言った。
「文武両道に秀でている。その上、才略は鋭く、大胆な行動力も持ちあわせている。お前の親父が三郎を手放したがらぬのも、よくわかる。げに、三郎は秀でた男よ」
景義は強烈な劣等感に胸を焼かれながらも、まじめくさった顔でうなずいた。
その顔を見て、義朝はさもおかしげに笑い転げた。
「平太よ、そのようなクソまじめな顔をするな。お前は本当にからかい甲斐がある」
ひとしきり笑うと、義朝は言った。
「俺は三郎よりも、お前が気に入った。お前は大らかで愛嬌がある。それに意外と肝も太い。相模は窮屈であろう。都へ来い。都へ来て、俺のもとで働け」
義朝の一語一語が雷鳴のごとく腹の底に響き、景義の若い血がたぎり立った。
(都――俺はこの人についていく)
思わず、両の拳を握りしめた。
◆
そうして若き景義は、都にのぼった。
そこでは見るものすべてが目新しかった。
寺社も、貴族の御殿も、巨大であった。
あちらこちらで様々な娯楽――歌舞音曲が、猿楽が、ばくちが、遊興が楽しめた。
女たちの衣服は華々しく、挙措は
相模国府の比ではない。
田舎出の若者にとっては興奮の連続であった。
若者は義朝の背後に
東海道では、義朝一行の顔を知らぬ遊女はいなかった。
この日も宿場に馴染みの遊女を呼んで、坂東の若者たちは宴に興じた。
こんな時、大庭平太はノリがよく、遊女たちにウケがいい。
滑稽な身ぶりで喉をふるわし、隠し技の鳥獣ものまねを披露すると、たちまち満座が笑いころげた。
こうして雰囲気を盛りあげておいて、
機嫌よく酔っ払った義朝は、美女をそっちのけで、弟分である景義の首根っこをつかまえて語った。
「俺もな、平太、お前と同じよ。長男ながら、親父殿には厭われている」
「そうでしょうか」
「ああ。俺もどういうわけか、幼ない頃から親父とはウマが合わず、
自信みなぎる若い瞳を輝かせ、ニッカと笑う義朝に、景義の心は強烈に惹きつけられた。
「いいか平太、つわものの道を教えてやる。争うために力を磨く奴は、下の下よ。それとは逆に、人々のつまらぬ争いをやめさせるためにこそ力を磨く、それが真のつわものよ。それが源家の慣わしでもある。そこを見失わなければ、人は必ずついて来る。平太、貴様も俺について来い。そして親父や三郎を見返してやれ。見ていろ、俺は必ず大きくなるぞ」
驚くべきことにその言葉どおり、義朝は数年のうちに官位を得ると、
義朝の才気と行動力は、目を見張るものがあった。
義朝が統べる坂東諸氏連合の勢力は、関八州はもちろんのこと、東海道は
景義は義朝を心から敬愛し、その圧倒的な人物と力とに心酔した。
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