第67話 二龍、激突すること
事ここに至って、頼朝はなお亀姫に執着し、その色香に溺れた。
於政は夫に対して、露骨に怒りを表した。
しかし於政が狂すれば狂するほど、夫の心は彼女から離れていくようであった。
「お話があるのです」
北の対につづく渡殿で、於政は頼朝の袖をつかまえた。
それを頼朝は、静かにふり払った。
「いや、聞きたくない」
「お聞きください」
於政は恐ろしい顔をして、しうねく夫の袖を掴んだ。
「
その親しげな呼びぶりに、
「そのとおりにございます。随分とご執着でございますね」
「悪いか」
「感心いたしませぬ」
「男が女のところに
頼朝は、開きなおったのではない。
本気でそう考えている。
この言葉を御家人たちが聞いたならば、諸手をあげて賛同したであろう。
御家人の妻たちでさえも(まあ男どもはそういうものであろう)と、うなずいたであろう。
しかし、於政は違った。
「ならば言わせていただきましょうぞ。あなた様がいれあげているその女、耳に入れたところによれば、たいそう色白の美人で、心ばせ柔和な女だと聞きました。それに比べ、わたしは気が強く、殿方に対してさえ、このように平気で食ってかかります」
なにを言いたいのか……探るように、頼朝は妻の顔をのぞき見た。
「……時勢をご覧あそばせ。都には平家が君臨し、
さらに言葉に力が込もった。
「状況は、はなはだ緊迫しているのです。鎌倉がいつ傾いてもおかしくない状況であるのは、あなた様にも重々おわかりのはず。わたしはあなた様にすべてを捧げ、一緒になって、海千山千の男たちと戦うことのできる女でございます。それらのことをよくお考えくださった上で……」
しばし言葉を溜め、於政は頼朝の目をまっこうから見据えた。
「泡のようにはかない夢を見させてくれるやさしいだけの女と、まことの繁栄への道を全霊をもってお助けさしあげようとしている女……あなた様はそのどちらをお選びになられるというのです? さきの
(
――ずどんと、急所を射抜かれた。
頼朝は、思わずよろめいた。
鎌倉府の首魁として君臨しているというのに、先の乱で剥奪されたその職名の他に、かれには官位も官職もなかった。
多くの御家人たちにかしずかれているというのに、かれはいまだ、流人の身分のままだった。
都から見れば鎌倉は、流人を
頼朝自身、それを重々承知していた。
血が沸騰して
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