第46話 景義、黄金の羽を授かること

「私も、以前は武者でした」

「まあ、西行殿も」


「はい。西住殿とは、北面の同僚として知り合いました。そしてともに手を携え、出家しました。私にとって西住殿は、無二の朋輩です。正式な法号とは別に、西住、西行と、極楽浄土をあらわす西の字を分けあいました」


 西行が武者だったと聞くや、景義は膝を打ち、「どうりで……」と呟いた。

「なにか? 平太殿」

「いえ、まったく、西行殿は失礼ながら僧侶とは思えませんでした。あの河に流されてゆく子供を助けた時、荒れ狂う水をぐいぐいと掻き分け、つわもののごとき働きぶりでした。この景義、水練は下手ではないが、どうしても西行殿に追いつくことができなかった」

「なに、観音菩薩の、お力添えあってのことだよ」

 西行は謙遜し、まぶたを伏せた。


「まあ、なにがあったのです?」

 興味津々、尋ねる御前に、景義は昨日の事件のことを、臨場感たっぷり、くわしく語った。

「……それで、童は無事だったの?」

「はい、無事でした」

「ほぉ……。それはほんとうに、すごいこと……幸いでしたね」

 はらはらしながらその冒険譚ぼうけんたんを聞くうち、御前の両目は、にわかに興味の色に輝きはじめた。

 ふたりの青年をもっとよく見たいと思ったか、かたわらの老女房に、御簾をあげさせた。


 ――尼削あまそぎの短い白髪を揺らし、星月夜の御方が姿を現した。

 顔には、愛想のよい微笑みを浮かべている。


 御前は、ひさしの間から一段下りると、座を詰め、あらためて一礼した。

「西行殿、大切なこの手紙を持ってきてくださったあなた様は、わが息子にも等しく思います。実の息子と思って、あなた様をお世話申しあげましょう。ひなの屋敷ではございますが、ゆっくりと、くつろいで行ってください」

「ありがとうございます」

 西行は礼儀正しく、都人らしい優雅なそぶりで頭をさげた。


「平太殿」

 と、御前は、今度は厳しげな面持ちになって、景義のほうに正対した。

「先ごろ鎌倉一族のあいだには、たいへんないさかいがありましたね。わたしはたいへん悲しい気持ちで、ただただ呆然としながら、あの戦を見つめておりました」

「……その事につきましては、なんといってよいか……」

 一方の当事者として、景義は言葉をつまらせた。


「平太殿、わたしはあなたを責めようというのではありませんよ」

「え?」

「わたしたちが先祖を同じくする一族であることは、変わりありません。周囲の豪族たちは、鎌倉の領土を虎視眈々と狙っています。われらの結束が弱まれば、すぐに足元につけこまれてしまうでしょう。

 こんな時こそ、今は一族の祖神と祀られる、御霊さまの名のもとに、われらは心をひとつにし、もっと結束してゆかなくてはと、わたしはそう思うのです。どうですか?」

「はい、私もそう思います」

 景義は大きく瞳を輝かせ、うなずいた。


「和殿は大庭の人々に。わたしは鎌倉の人々に。お互いが一族の者たちに、御霊さまへの信仰を、もっと浸透させてゆくべきだと思いませんか?」

「はい」

「では、わたしたちは同志ですね」

 星月夜の御方は、にっこりと笑って立ちあがると、漆塗りの三階棚から、美しい蒔絵まきえの小箱を取って、そっと景義に差し出した。


「開けてごらんなさい」

 景義が小箱をひらくと、やわらかな真綿を敷き詰めたその上に、黄金造りのわし羽根が納まっていた。

「これは御霊さまが奥州から持ち帰ったもので、わたしがとても大切にしている宝物のひとつです。すぐ手の届くところにいつも置いている、お守りです。これをあなたにさしあげましょう」

「ええ?」

 まなこを射抜かれたかのようにのけぞった景義に、御前は柔和な笑顔でうなずきかけた。


「遠慮はいりません。御霊さまの生前の話が聞きたければ、いつでも聞きにおいでなさい。わたしの知っていることなら、なんでもお話しいたしましょう」

「よ、よいのですか?」

「よいのです」

 力強くうなずく御前に、景義は小箱を頭の上にかかげ、「ありがとうございます」と、勢いこんで頭をさげた。

「私も御前様のお力になりたいと思います。なにか助けのいるような時には、いつでもお呼びください。力仕事でも、なんでも……」


「そういえば御前さま……」

 と、そばづかえの老女房が、横から口を挟んだ。

「屋根が雨漏りして困っておりますれば、この方に直していただいては……」

「まあっ、そんな大それたこと。お前は黙っておいで」

「しかし、ちょうどよい機会でござりますれば」

「御黙りなさい」


 ふたりの女が口争いをはじめるのを慌てて制し、景義は立ちあがった。

「雨漏り……お任せください。すぐに直しましょう。ハハハ」

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