第四章 星月夜 (ほしづくよ)

第41話 景義、甘縄を歩くこと

第二部  新 都 鎌 倉 編


 第四章 ほし づく 




   一



 五月雨つゆの訪れる前の、さわやかな晴れ日であった。


 景義は一族の聖地である『甘縄あまなわ』へ参拝に出かけた。

 下馬四角の屋敷から、東海道を西に進むと、その道沿いは開府以前からの古い地域である。

 狭い民家が隙間なく建ち並び、木材、石材、金属、獣屍などの加工業者が多く暮らしている。

 この地域の西端に、ふたつの神社、「甘縄神明宮」と「御霊社」が鎮座ましましている。


景兼かげかぬよ」

 と、景義は、孫ほども歳のはなれた息子に、肩を寄せた。

 小次郎景兼は、元服式を終えたばかり。

 肌つやがよく、頬はぽっちゃりと、にこにことして、顔が明るい。


「知ってのとおり、この地は鎌倉一族にとって、大切な聖地じゃ。甘縄神明宮は大庭御厨の守護神であらせられる天照大神あまてらすおおみかみさまをお祀りし、御霊社は鎌倉権五郎公をお祀りしている」


 親子は両社に参拝を終えると、がく紫陽花あじさいの咲き乱れる小道を、ともに辿っていった。

 紅く咲いているもの、青く咲いているもの。

 白、うす紅、青みどり、薄紫うすいろ濃紫こきいろ……海にひらけた下り坂は、七色の花に取り巻かれ、雲へむかって虹を渡るよう。

 暗く苔むした岩陰には岩煙草いわたばこの花が、夜の紫のいろどりで、五芒の星を降らしていた。


「ヤマトタケルのいにしえより、この鎌倉は朝廷の夷賊討伐のための基地であった」

 と、景義は教授した。


「朝廷から任じられ、都から東下してきた将軍は鎌倉に入り、この地を拠点に奥州へ、房総へと、戦をしに行ったのじゃ。鎌倉には長い長い、戦いの歴史がある。

 武衛様のご先祖に当たられる源頼義公や義家公も、そのようにして都からはるばるやってこられた将軍であった。われら一族の先祖、たいらの良文よしふみ公もまた、しかり」


「時代が下ると、われらは鎌倉の番人となった。都から来る将軍をもてなし、兵糧や武器を支援し、あるいは戦に加わり、将軍の手足となって戦を成功させる。将軍のための御所を用意するのも、鎌倉一族の役目。その一族の総領がわしであり、ゆくゆくはそなたがそれを受け継ぐことになる」


 景兼は、若々しい使命感を感じてか、花の陰に、まだあどけなさの残る表情を緊張させた。


「先年の秋、な。わしが伊豆の武衛様のもとへ駆けつけた時、わしは生きて帰るつもりはなかった。まだ元服前だったそなたを、戦に連れて行かなかったのはそのためだ。わしが死んでも、わしの戦功をそなたが得られれば、と考えていた……おふっ……」


 景義が転びかけた。 

 深いわだちに杖をとられたのだ。

 すかさず景兼が、体を入れて支えた。

 こうして父の横を、独特の間合いで歩くのは馴れている。


「……すまぬ。今、こうして一緒に歩いていると、いろいろな話ができる。いろいろな話を伝えられる。……つくづく、生きて帰れてよかったと思うぞ」


 景義はゴツゴツした大きな手で、息子のすべらかな頬を愛しげに撫でた。

 少年ははにかんで、頬を朱に染めるのだった。

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