7-2 膨れ上がる不安
エツコはケンシロウと二人になったのを見計らい、話を切り出した。
「やっぱり、あんたもやってたのね、発情促進剤」
「うん。やってるのバレたらヤバいのはわかってはいたけど、副作用のことまでは真剣に考えていなかったよ……」
そんなケンシロウにエツコは頭を抱えた。
「もっと早くにあんたを止められれば……」
「エツコママがそんな風に自分を責めることはないって」
あまりに激しく落ち込むエツコを慌ててケンシロウは慰めた。
だが、今度はエツコは本気で怒りだした。
「何を言っているの! もし、重篤な副作用が出たら、命に係わることもある。だけど、病院に迂闊に行けば、あんたが発情促進剤を使っていたことがバレてしまう。どっちに転んでも大変なことになるのよ! こんなことになる前に、何とかしないと本来はいけない問題なのよ!」
そこまで強く怒られて、ケンシロウは事の重大さに初めて震え上がった。
確かに重い副作用が出たからといって、考えもなしに病院にかかるのは危険だ。発情促進剤の使用がバレれば、そのまま警察送りになってしまうだろう。
もしそうなれば、アキトの両親は何が何でもアキトを自分から引き離そうとするだろう。
犯罪者と結婚など、αの両親が認める訳がない。
そうでなくても、Ωである自分と結婚することを認めて貰えるかさえ難しい問題であるのに。
でも、ここまで来てアキトと別れるなど出来る訳がない。アキトとは絶対に一生を添い遂げるつもりでいるのだ。こんな所で全てを諦められる訳がない。
「オレ、どうしたらいいんだろう」
オロオロ狼狽するケンシロウをエツコはギュッと抱き締めた。
「わたしにはこうしてあげることしか出来ない。でも、何かあったらすぐにわたしに連絡しなさい。あんたを守るためだったら、わたしは何でもするから」
その言葉にケンシロウは涙が溢れて来た。
「わたしだけは何があってもあんたの味方だから。あんたがこんな所で人生を終わりにするなんて絶対に許さない。そんなこと、させないわよ」
エツコは小さな声で、だが力を込めてそう囁いた。エツコの優しさにケンシロウは再び涙がじんわりと目に滲む。
「エツコママ……」
「さぁ、もう泣かないの」
エツコはケンシロウの涙をそっと拭った。
「とりあえず、しばらくは体調の変化に気を付けなさい。でも、どうしても辛いようだったら迷わずに病院に行くのよ。どんなことがあっても、死んでしまったらそこで人生はおしまいなんだから」
「……うん、わかったよ、エツコママ」
ケンシロウは不安で不安で仕方なかったが、ここはもう運命に任せるしかなさそうだった。
もう引き返すことの出来ない所まで来てしまったのだ。
今後、発情促進剤の副作用がどう身体に出るのかは神のみぞ知る領域だ。
何とかこれ以上酷い副作用が出ませんように。
ケンシロウはそう祈りながら、不安な日々を過ごすことになったのだった。ただ一人、この不安をその胸に秘めて。
こんな時、アキトに打ち明けることが出来たら、どれだけ精神的に楽になっただろう。
だが、アキトを相手にこんな話など出来るはずがなかった。
発情促進剤を使用してアキトと番になることを目論んだことが彼に知られれば、彼はどんな顔をするだろう。
あの優しいアキトのことだ。きっと許してはくれるだろう。だが、内心ではすっかり軽蔑されてしまうのではないか。
そんな不安が更にケンシロウの胸をいっぱいにしていくのだった。
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