7-3 的中した不安

 しかし、そんなケンシロウの不安は的中した。

 次第にケンシロウは性行為をしていないにも関わらず、腹に痛みを覚えるようになっていった。

 最初は痛み止めを飲んで誤魔化していたが、次第にそれだけでは効かなくなって来ていた。


 論文の執筆が佳境に入っているアキトがそんなケンシロウの体調の変化に気付かなかったのは幸いだった。

 だが、まもなくその論文も締め切りを迎える。このままアキトに腹痛を隠し続けられる自信はなかった。


 ところがそんなケンシロウの我慢も虚しく、とうとう身体が悲鳴を上げた。

 それは、アキトがちょうど論文の締め切りを迎えたまさにその日だった。

 腹部に走る激痛にのたうち回りながら、ケンシロウは何度も病院に行こうか迷った。

 だが、病院に行けばケンシロウは自分の人生が終わる。

 それだけではない。アキトまで失ってしまうのだ。


 しかし、状況は刻一刻と悪化の一途を辿る。

 キリキリと締め上げるような痛みに、脂汗が流れ、意識も朦朧として来た。


 そろそろアキトがやって来る時間だ。どうすればいいのだろう。

 半ば絶望しかけた時、玄関の呼び鈴が鳴った。アキトだ。

 これで助かったという安堵感と、全てがバレてしまうという絶望感が入り混じる。

 その後も何度も何度も呼び鈴が鳴ったが、もうケンシロウは一歩も動くことが出来なかった。

「おーい、ケンシロウ。入るぞ」

 アキトの声がして、玄関のドアがガチャリと開く音がした。こちらへ歩いて来る足音が聞こえ、電気がパチリとついた。

 真っ暗だった部屋が一気に明るく照らし出される。

「ケンシロウ!」

 アキトが床に倒れ伏しているケンシロウを発見し、慌てて駆け寄って来た。

「おい、大丈夫か?」

 アキトがケンシロウを抱き起した。


 助けて欲しい。そう言いたい気持ちをこのままアキトを失いたくないという気持ちが上回った。

「ご、ごめん、アキト。でも、オレは大丈夫だから……」

 弱々しい声でアキトにそう返事をしたが、今のケンシロウの状態でそんな言葉が通用する訳なかった。

「ちょっと待ってろ。救急車呼ぶから」

「あ、ちょっと待って……」

 ケンシロウが止めるのも訊かず、アキトは急いで救急に電話をかけ始めた。


 終わった。これで全てが。


 だが、ケンシロウにそんな風に絶望に打ちひしがれている暇はなかった。

 それから暫くして、救急隊員が到着し、ケンシロウは担架に乗せられて病院に運び込まれた。

 アキトもケンシロウと一緒に救急車に乗り込み、彼のそばに寄り添う。

「あ、あのさ。病院なんて行かなくたって……。お金もかかるしさ……」

 ケンシロウはこの期に及んでもまだ、病院に行くことに躊躇いを感じていた。

「バカ! 金くらい俺が負担してやるし、これ以上ケンシロウの身体が悪くなるのを黙って見ていられるか!」

 アキトはケンシロウを怒鳴った。その目はいつになく真剣で、ケンシロウのことを想えばこその怒りであることがわかる。

 それ以上ケンシロウはアキトに何も言うことが出来なかった。


「ごめん、アキト」

 ケンシロウはアキトにただただ謝った。そんなケンシロウの手をアキトがギュッと握る。

「謝るなよ。お前に何かあったら、俺は平気ではいられないんだから」

 大きくて頼もしい手。いつもは少し頼りない時もあるアキトの手がこんなに温かくて安心感を与えてくれるものだったなんて。

 ケンシロウはこの上ない安心感をこの時初めてアキトに感じたのだった。

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