7-4 温かく包み込まれる場所

 病院に着くとケンシロウは慌ただしく処置室に送られ、点滴をされたりCTを撮られたりと、息つく暇もない程忙しく治療や検査が開始された。

 その内、薬が効いて来たのか、ずっと激痛でのたうち回っていたはずの腹痛が楽になっていることに気が付いた。

 助かった。

 ほっとすると同時にドッと疲れが込み上げて来て、いつの間にかケンシロウは深い眠りに落ちていった。




 どれくらい眠っただろうか。ケンシロウは眩しい光で目を覚ました。

 薄っすら目を開けると、朝日がカーテンの隙間から差し込んでいるようだった。

 辺りは既に朝になっていた。

 いつの間にかケンシロウは病室のベッドに寝かされており、ベッドサイドには俯けに突っ伏してアキトが眠っている。

 どうやら、ケンシロウを心配して一晩付き添ってくれていたらしい。


 そういえば、発情促進剤の件はどうなったのだろう?

 やっぱりケンシロウが服用していたことが明らかになったのだろうか?

 その事実をアキトは知っているのだろうか?


 そう思うと居ても立っても居られず、ケンシロウはアキトを起こそうと肩を叩いた。

「アキト、アキト」

 何度か呼び掛けると、アキトは目を覚ました。

 最初はぼうっとしていたが、ケンシロウの姿をその目に認めると、跳ね上がるように飛び起きた。

「ケンシロウ! 調子はどうだ?」

「もう平気。昨日は心配かけてごめんな」

 謝るケンシロウをアキトが優しく抱き締めた。

「そんなこと気にするな。ケンシロウが無事だっただけで、俺は十分だ」

 大きくて温かいアキトの胸の中。こんなにケンシロウの全てを優しく包み込んでくれる場所は他にはない。


 だが、ケンシロウはそんなアキトの優しさに触れれば触れる程、心が苦しくなるのだった。

「……うん」

「ケンシロウ?」

 ケンシロウの異変に気付いたのか、アキトが心配気に声を掛けた。


 ケンシロウは震えた。


 アキトは発情促進剤のことを知っているのだろうか?

 知っていてわざといつも通り振舞ってみせているのだろうか? ショックであることを隠して。


 アキトにそのことを尋ねるのは怖い。

 だが、尋ねずにそのままにしておく気にもなれなかった。

「もう、アキトは知っているよね。オレが発情促進剤を……」

「そのことならもう解決済みだ」

 ケンシロウが震える声で切り出した途端、アキトがキッパリとそう言い切った。

 思わぬ反応にケンシロウは驚いた。

「え、どういうこと? だってオレはアキトのこと……」

「気にするな。お前が警察の厄介になることはない。何も心配いらないから、今はゆっくり寝ていろ」


 どういうことなのだろう? アキトの意図がわからない。

 ただ彼がケンシロウが発情促進剤を使用していたことを知っていることは確実なようだった。

 それを知った上で、何かを企んでいるらしい。

 それもケンシロウのために。

 ケンシロウはアキトが何を考えているのか問い質したかったが、ここで詳しいことを尋ねることを彼が拒んでいるような気がして、ただ頷くことしか出来なかった。

「……わかった」

「俺はな、どんな経緯であれ、お前と運命の番になったことに後悔はない。それだけは覚えておけ」

 アキトはそう強くケンシロウに告げた。

 ケンシロウはアキトの顔を見つめた。

 いつになく真っ直ぐな目がケンシロウの目を見つめていた。

 何一つ嘘のないその目に、ケンシロウはアキトが真実を知ってもなお、自分の味方でいるつもりでいることを悟った。

 思わず涙が零れそうになる。

「アキト……」


 だが、それ以上この話題をアキトは話そうとはしなかった。

 彼はさっさと話題を転換し、いつもの調子を取り戻したのだった。

「そうそう。そんなことより、昨日、論文を何とか締め切りに間に合わせられたんだ」

「え? ああ、そっか。昨日が締め切りだったもんね。お疲れ様」

「ありがとうな、ケンシロウ。でも、これで暫くはケンシロウの相手もしてやれそうだ」

「オレはアキトのそばにいられるだけで十分だよ。でも、折角そんなこと考えてくれていたのに、こんな風になっちゃってごめんね」

「気にするな。今までケンシロウは頑張りすぎたんだ。高校中退して二丁目に出てからずっとな。少しは休めってことだよ」

「そうかな?」

「ああ、そうだよ」

 アキトはケンシロウを優しく撫でた。


 いくら運命の番だからといって、ここまで全てを受け入れ、包み込んでくれるようなαが他にいるだろうか。

 ケンシロウはただただアキトの胸に抱かれていたいと思った。高まる想いのままにアキトに身体を預けると、彼はポツリと呟いた。

「やっぱり俺はケンシロウなしでは生きていけなさそうだ」

「オレもアキトなしではやっていけないよ」

 まさに二人は既に互いなくして生きていけない程の深い愛を築いていたのだった。

 二人はその甘い感覚に酔いしれながら、深く口付けをするのだった。

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