7-5 順調な回復

 アキトはその日一日、ケンシロウのそばに付き添っていてくれた。食事と点滴の交換以外暇を持て余すであろう入院生活において、アキトの気遣いが嬉しい。


 主治医の回診で病状と今後の治療方針について説明を受けた。

 その際、主治医はアキトと示し合わせたように、何やら意味深なアイコンタクトを交わした。

 主治医の説明によれば、ケンシロウの子宮が痙攣を起こし、異常に収縮したことで起きた痛みだということだった。

 これから一週間の入院による点滴治療で完治する見込みらしい。

 原因については何も触れられず、「発情促進剤」という単語は一度も出さなかった。

 アキトと主治医の様子を見るに、きっとアキトが何かしら手を回したのだろう。

 もう全てをアキトに任せておけばいい。

 そんな安心感を得たケンシロウはただ素直に主治医の説明に従うことにした。


 それからというもの、アキトは次の日も、またその次の日もケンシロウを見舞いに来た。

 一週間程度で退院出来るのだから、たまには休んで欲しいと思うのだが、一分一秒でもケンシロウのそばにいたいらしい。


 ケンシロウから連絡を受けたエツコも駆けつけた。

 最初こそケンシロウが倒れたと訊いて慌てて病室に飛び込んで来たエツコだったが、アキトがずっとそばに寄り添っていることを確認すると安心したように一息ついた。


 エツコはアキトと嘗てMonster Boyで会ったことがあるらしかった。

 きっとアキトの指導教授に新宿二丁目に連れて来られた時に会ったのだろう。

 エツコはその当時からの変わりっぷりに心底驚いていた。

 あんなに偏屈で取っつきにくい男だったのにね、と二人で笑い合う。

 それに対し、何やら気まずそうに顔をしかめるアキトが面白くて、更に笑いが込み上げて来た。

「あんた、この子だけは絶対に手放してはダメよ。こんなに自分の全てを捧げてくれるような番の相手は、いくら運命の番とはいっても早々いるもんじゃないわ」

 エツコはしみじみとケンシロウに語り掛けた。

 ケンシロウもその通りだと思い素直に頷くのだった。


 治療は順調に進み、三日もするとほとんど腹の違和感すら感じることはなくなった。

 主治医に寄れば、治療経過も順調なので早目に退院出来るかもしれないということだった。

 後少しで退院だ。これからはアキトに心配をかけないためにも、健康に気を付けて生きよう。

 体調を崩したらアキトとの穏やかな生活が台無しになってしまう。

 これ以上アキトに負担もかけたくない。


 ケンシロウは今までになく自分の将来に前向きになっていた。

 新宿二丁目で売り専ボーイの仕事をしていた時は今を生きることで必死で、将来のことなどまともに考える余裕もなかった。

 これも全てはアキトとの出会いのおかげだ。


 入院生活も四日目を迎えた日のことだ。

 この日はアキトは大学院での用事があり、ケンシロウの病室を早めに後にした。

 一人残されてみると、どうにも入院生活の退屈さに辟易して来る。

 垂れ流しになっているテレビをぼんやり見つめながら、何をする訳でもなく、ただ時が過ぎるのをじっと待つのだった。


 そのように無為に時間を過ごしていた時のことだ。病室に一人の医者が入って来たのだった。

 この医者はケンシロウの主治医ではなかった。

 他の患者の主治医かとも思ったが、真っ直ぐにケンシロウのベッドまで歩いて来る。


 白髪交じりの気難しそうな、この病院でも偉い立場にあるであろうと想像させるような出で立ちだ。

「君がマナベ・ケンシロウ君だね?」

 その医者はケンシロウのベッドサイドに立つとそう問いかけた。

「はい、そうですが」

「少し君と個人的に話がしたいんだ。ついて来てくれるかな?」

 その医者はケンシロウを伴って、病院の空き部屋に彼を通し、誰も入って来られないように中から鍵を掛けた。


 何が始まるのだろう?

 そのものものしさにケンシロウの全身もこわばる。


 その医者はケンシロウの前にドッカリと偉そうに腰を下ろすと、その驚くべき素性を明かしたのだった。

「私はニカイドウ・サダオだ。この病院で脳神経外科部長をしている。ニカイドウ・アキトの父といったらわかるかな?」

 アキトの父親がケンシロウの目の前に今まさに座っているのだった。

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